投資仲裁における比例性原則の意義―政府規制の許容性に関する判断基準として―

執筆者 伊藤 一頼  (静岡県立大学)
発行日/NO. 2013年9月  13-J-063
研究プロジェクト 国際投資法の現代的課題
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概要

1980年代以降、発展途上国が外資誘致へと本格的に乗り出したことに伴い、多くの国の間で投資保護協定が締結され始め、現在では世界全体で約2800もの投資協定が存在すると言われる。これらの協定は、外国投資家と投資受入国政府との間で紛争が生じた場合に、投資受入国の国内手続を回避し、独立した国際仲裁法廷へと紛争を付託する権利を投資家に与えている。しかし、こうした投資家対国家の仲裁手続に関しては、その社会的正統性に対する疑義が語られることもある。つまり、外国投資家による提訴の脅威ゆえに、投資受入国が必要な規制を実施するための裁量を奪われ、公益の実現に支障をきたすという議論である。

ただ、こうした懸念は、必ずしも最近の仲裁判断の動向を踏まえているとは言えない。公益を追求する政府規制が提訴された事案において、多くの仲裁判断は、「規制目的の重要度に比して、規制により生じる害(投資家の損害)が均衡を失して大きくない限りは、当該規制は合法である」との見解を示してきた。これは比例性原則と呼ばれ、すでに憲法学などにおいても、公益的な政府規制と私人の基本権保障とが衝突する場合の価値調整の原理として用いられてきた。本稿では、人権法分野における比例性原則の発展を概観したうえで、近年の投資仲裁において同原則がどのように取り込まれているかを分析する。これにより、投資協定の下で政府の規制権限が実際にどの程度制約されるのかにつき、より正確な判断を行うことが可能となろう。