八幡・富士製鐵の合併(1970)に対する定量的評価

執筆者 大橋 弘  (ファカルティフェロー) /中村 豪  (東京経済大学) /明城 聡  (科学技術政策研究所)
発行日/NO. 2010年2月  10-J-021
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概要

本稿では、昭和45(1970)年3月になされた八幡・富士製鐵の合併について定量的な評価を行なうことを目的とする。水平的な合併において生じるだろう競争制限効果および生産性向上効果を勘案した上で、八幡製鐵と富士製鐵との合併を経済的な余剰の観点から分析するとともに、当時の公正取引委員会において応諾された同意審決における競争回復措置が経済厚生に与えた影響を定量的に評価する。1960年から1979年までの銑鋼一貫企業上位6社(但し合併後は5社)における生産・投入データを用いて、企業の戦略的な生産および設備投資についての行動を定式化し、かつ投資を通じた生産性向上も考慮した動学的な構造推計モデルを用いて定量分析を行なった。

推定の結果、合併を境に、企業の投資行動は戦略的補完関係から代替関係へと変化したことが明らかになるなど、当時の日本の鉄鋼市場と整合的な姿が浮き彫りにされた。推定結果を踏まえたシミュレーションにより、八幡・富士製鐵による合併は競争制限効果が見られたものの生産性向上の効果がそれを大幅に上回ったため、社会余剰(消費者余剰と生産者余剰の和)は年平均45%ほど上昇したことが分かった。同意審決にて応諾された競争回復措置は、そうした措置なく合併がなされた場合と比較して、新日本製鐵以外の競争業者(とりわけ神戸製鋼と日本鋼管)の生産性を向上させることに寄与したものの、その生産性の向上の度合いは競争回復措置によって新日本製鐵がこうむった生産性低下を埋め合わせるまでには至らず、全体として社会厚生を減少させる効果を持ったことが分かった。この社会余剰に与える影響を、競争当局は事前に予見することが可能であった点も本稿より明らかにされた。

本稿から得られる政策的な含意として以下が明らかとなった。(1)マーケットシェア(あるいはその関数であるHHI)の大小に基づいて企業結合の可否を判断することの経済学的な妥当性は乏しいことが再確認された点、(2)(短期的な意味での)消費者余剰にのみ注視した企業結合の可否の判断は社会的な経済厚生を損なうことがありうる点、そして(3)競争回復措置は社会厚生の観点から行き過ぎる可能性が排除できず、場合によっては措置を課さずに企業結合を認めた方が社会厚生の上で望ましいことがある点が明らかにされた。