規制と間接収用―投資協定仲裁判断例が示す主要な着眼点―

執筆者 松本 加代  (研究員)
発行日/NO. 2008年6月  08-J-027
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概要

本稿は、投資協定仲裁における収用法理について検討する。投資家にとって、投資先で現地企業や工場が収用されることは、予想されるリスクのうちで最も大きいものであろう。しかし、一般国際法上、収用それ自体が違法とされることはなく、一定の要件に従っていない場合にのみ、違法とされる。現在、殆ど全ての投資協定がその要件を明示する。すなわち、(1)公的目的のもとになされること、(2)無差別に行われること、(3)正当な法の手続きに従うこと、および(4)補償の支払いを伴うことである。今日、投資協定仲裁でしばし争われるのは、政府の行為が先の4要件を満たしているか否かではなく、そもそも政府の行為(規制など)が「収用」と言えるか否かである。収用とされれば、政府は投資協定が定める水準の補償を投資家に支払わなければならない。このことは、その行為(規制など)が、直接的に投資家の財産を取得することを内容とするものではなく、他の目的(環境保護など)を有する場合などに特に問題となる。できるだけ幅広い政府の侵害的規制を収用と認めることは投資財産保護の向上に資する一方、補償支払いを義務づけられる範囲の拡大によって政府の規制の定立や変更に対するコストが著しく上がるからである。このような、投資財産保護と、政府の規制実施にあたっての自由度の確保という要請のバランスという問題については、多くの議論がなされてきたが、実際の紛争の判断に資するような明確な概念整理は未だなされていない。本稿は、投資協定仲裁判断法理がこの問題に対してどのようなアプローチをとっているかを検討するものである。検討の結果、次のことが示される。収用と認められるためには、財産権侵害の程度が「相当程度」に至っていることが必要であるが、実際に規制が収用か否かが争われた多くの事件において、この要件を満たさないことを理由に収用の主張は認められていない。また、ある規制が深刻な投資財産の侵害をもたらすものであっても、収用でないと判断される場合があるが、その判断方法には大きく2通りのアプローチが示されている。さらに、侵害が「相当程度」に至っているか否かの判断に際しては、投資財産に対する支配・管理を継続しているか否か、および権利・利益をどの程度重要なものと認定されるか、および侵害された投資財産が全体としてどのようなものと認定されるかが重要である。