WTOと地域経済統合体の紛争解決手続の競合と調整-フォーラム選択条項の比較・検討を中心として-

執筆者 川瀬 剛志  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2007年12月  07-J-050
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概要

国際紛争解決手続の司法化はとりわけ経済分野において著しい現象であり、世界貿易機関(WTO)の手続のみならず、今や地域貿易協定(RTA)の手続の中にもWTO類似の準司法的手続を具備するものも少なくない。他方で、RTAの実体的規律は相当程度WTO協定と重複している。このような条件下では、同一紛争事実についてWTOとRTA双方の規律、場合によっては双方の紛争解決手続の管轄が及び、相互に矛盾した判断が下されるおそれがある。また、長期的には、類似の実体規範について異なる解釈の集積が形成され、WTO発足以来一括受諾の原則と紛争解決手続の一元化によって維持してきた国際通商秩序の一体性(integrity)を損なうことが危惧される。

こうした国際通商法秩序の「断片化(fragmentation)」は、特に請求原因の一致を含む紛争の同一性を前提した既判力や二重訴訟禁止など、一般国際法上の手続原則によっては調整不能である。このため、RTA側が何らかのフォーラム調整を規定する必要がある。このフォーラム調整に関するRTAの対応は、申立国が先に当該紛争を付託したフォーラムに排他的管轄権を与える先行フォーラム優先型、紛争付託の先後を問わずWTOあるいは当該RTAが優先するWTO優先型あるいはRTA優先型、全くフォーラム調整を規定しない無調整型に大別できる。現行RTAの多くは無調整型を採用しており、また、調整を規定するものの殆どは先行フォーラム優先型を採用している。

しかしながら、先行フォーラム優先型は、WTOとRTAに係属する紛争の同一性を確定する点で難点があり、また結局WTOの手続進行を阻止できない点で実務的に機能しがたい。また無調整型は、冒頭に述べた国際通商に対する法の支配の「断片化」の放置に過ぎない。現状ではWTO紛争解決手続の実効性、ならびにWTO法の一体性を損なうコストを勘案すれば、WTO優先型のフォーラム選択条項が望ましい。

この点でモデルになり得るのはEC・チリ協定第189条であり、同条はWTO協定と実質的に同等のFTAの義務について係争する場合、WTOでの解決を原則とする。この方式も一定の限界があることは否定できないものの、我が国の今後のRTA締結においても参考とすべき調整方式として着目に値しよう。