株主主権と従業員主権-日本の上場企業にみるジレンマ-

執筆者 田中一弘  (ファカルティフェロー/一橋大学大学院商学研究科)
発行日/NO. 2006年4月  06-J-035
ダウンロード/関連リンク

概要

本稿は、「企業は誰のものか」という企業統治の根本問題に係る考え方(これを企業の「主権観」と呼ぶ)についての、我が国上場企業の現状を浮き彫りにしようとするものである。我々が2005年に国内企業に対して行った質問票調査の結果を元にした、仮説発見型の論考となる。

近時の日本企業の主権観について、以下のような特徴が抽出される。(1)日本企業が抱く主権観において、株主主権的な見方が近年強くなってきたことが認められるが、(2)それは斉一的な変化では必ずしもなく、もっぱら現在の株主派企業において顕著に見られる現象であり、(3)しかもそれは主として株主や株価の重視という側面で進展している。他方で、(4)従業員の役割に係る側面では従業員派企業のみならず、株主派もある程度は、その役割を重視する姿勢を保持している。(5)株主派には明確な影響力を自社に及ぼす(と自らが判断する)株主がいるケースが相対的に多く、まさにそうした事情が株主派的立場をとらせているのであって、必ずしも内発的に株主主権の規範を信奉しているわけではないように見受けられる。(6)建前としての株主主権と本音としての従業員主権の間の乖離が、上記(4)、(5)からとりわけ株主派に顕著に見られるが、これは程度の差こそあれ従業員派にも妥当し、それゆえ日本の上場企業全般にも関わる主権権上の本質的なジレンマとなっている。