企業・事業所のミクロ実証分析:ロンジチュージナル・データを用いた諸研究の展望

執筆者 清田 耕造/木村 福成
発行日/NO. 1999年7月  99-DOJ-96
ダウンロード/関連リンク

概要

本論文は、ロンジチュージナル・データ(longitudinal data)の構造を解説し、これを用いた近年の実証研究を紹介したものである。本論文の目的は、以下の2点にまとめられる。第一に、ロンジチュージナル・データを用いた実証研究によってこれまでに明らかにされている事実を整理することである。そして第二に、今後日本でこの種のデータの整備を進める上での注意点を明らかにすることである。

本論文では、アメリカとカナダの具体例を基に、ロンジチュージナル・データの構造と特徴を解説した。そして、このデータを用いた55本の研究論文を5つの研究テーマ別に紹介した。「雇用・賃金」、「技術・生産性」、「参入・退出」、「政策の効果」、「貿易・直接投資」の各テーマ別実証分析の結論の中で特に注目されるのは以下の点である。

雇用・賃金に関する分析では、グロスの雇用変動は、毎年雇用全体の約10%の大きさに上っていることが確認されている。また事業所の規模に注目すると、アメリカの場合、小規模事業所の雇用創出は大規模事業所と比べて小さい。一方、カナダや日本の場合、小規模事業所の雇用創出は大規模事業所と比べても大きな割合となっており、製造業全体の雇用創出に大きく貢献している。

技術・生産性に関する分析で明らかにされた重要な事実は、古い事業所ほど生産性が安定的に推移するということである。またカナダの中小企業に注目した場合、技術の導入を活発に行っている企業は、雇用や生産性などのパフォーマンスも良いことが確認されている。

事業所の参入・退出に注目した分析では、以下の2点が明らかにされている。第一に、事業所の参入・退出の多くは古い事業所が新しい事業所に取って代わるというものではなく、むしろ新しい事業所ほど参入・退出ともに頻繁に行っている。第二に、事業所が退出する場合、事業所規模の小さいときには廃業の形を取ることが多いが、事業所規模が大きいときは廃業ではなく買収・合併される傾向にある。この他、輸出市場に参入する事業所は、参入の際にサンクコストを必要としていることも確認されている。

政策の効果についての分析は主に途上国を対象として行われており、金融・貿易の自由化政策が企業・事業所のパフォーマンスを改善させることを明らかにしている。

貿易・直接投資に関する分析では、輸入や海外生産が国内の生産を減少させる可能性があることが確認されている。ただし、輸入の場合、必ずしも全ての製品の生産にあてはまるわけではない。輸入と直接競合しないような高価格製品の生産については、輸入のマイナスの影響は確認されていない。

本論文のサーベイを通じて、今後日本でロンジチュージナル・データを整備する際に注意すべき点もいくつか摘出された。特に企業・事業所の追跡方法(永久背番号の付け方)、企業・事業所の産業格付け、オーナーシップの捉え方、情報の守秘、データの利用可能性についてはさらなる工夫の余地があると考える。

ロンジチュージナル・データを利用した実証分析は、単なる実証分析の精緻化に留まらず、理論分析へのフィードバックも大きい。また政策提言に対しても有用であり、日本でも早急に整備されることが望まれる。しかしその整備にあたって、どのような情報が必要なのか、事業所・企業をどのように追跡していくのかなど、実際の用途を踏まえた上で十分に議論していく必要がある。