日本と東アジアにおける地域経済システムの変容:新しい空間経済学の視点からの分析

執筆者 藤田 昌久/久武 昌人
発行日/NO. 1998年6月  98-DOJ-93
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概要

収穫一定を前提とする伝統的な国際経済学に対して、最近、Paul Krugmanらを中心として、いわゆる「新しい空間経済学(new geographical economics)」が構築されつつある。この「新しい空間経済学」は、規模の経済と(広い意味での)輸送費用との相互作用により内生的に生じる集積力と自己組織化を中心として、あらゆるレベルにおける空間/地域経済システムの形成と変容を、統一的に理解しようとするものである。本稿では、この「新しい空間経済学」の立場から、戦後の日本における地域経済構造の変容、及び東アジアにおける最近の国際地域経済システムの発展の動向について、両者を統一的に分析することを試みると共に、中長期の未来についても幾つかの可能性を模索する。

まず第2節において、地域経済システムの形成と長期的変容について、その基本的メカニズムを「新しい空間経済理論」の立場から一般的に説明する。特に最近における東アジアの急速な経済成長に伴って観察された様々な現象(例えば、"massive mobilization of resources"に基づく成長、「雁行形態」的発展プロセス、さらには日本における「産業の空洞化」や東京一極集中など)は、"コア地域(core economy)"とそれを取り巻く"フロンティア地域(frontier economies)"より成る地域経済システム全体の発展期に共通して見られる現象であることを指摘する。

第2節で述べられる基本的視点を背景として、まず第3節において、戦後の日本における地域経済システムの変容について分析する。全国を日本コア、日本準コア、及び日本周辺の三地域に分割し、各地域の四つの指標、GDP(=域内総生産)、M-GDP(製造業域内総生産)、EMP(=総雇用者数)、及びM-EMP(=製造業雇用者数)、の対全国シェアの経年変化を比較する。特に、日本経済の成長と共に、平均的な日本準コアを挟んで、典型的な「コア-周辺」型の地域構造が形成されてきたこと、さらに、日本国内においてもある程度「雁行形態」的な製造業の地域間移転が起こってきたことを示す。

次に第4節において、最近における東アジアにおける製造業の地域集積の変化について日本との関連に注目して分析する。このため、東アジアを日本、アジアNIES、及びASEAN4+中国(又はASEA4のみ)の三地域に分割し、日本全国を日本コア及び日本周辺の二地域に分け、かつ、製造業全体を17産業に分割する。まず、1985年、90年、及び93年における横断分析により、日本コアにより強く集積している産業ほど対東アジアにおける日本のGDPシェアが高い(つまり競争力が強い)、逆に、日本コアにより強く集積している産業ほどNIES及び{ASEA N+中国}それぞれの対東アジアGDPシェアが低い(つまり競争力が弱い)ことを示す。さらに、NIESと{ASEAN+中国}を比較すると、NIESはいくつかの産業に特化しているものの、全体としては、日本コアにおける集積度のより高い産業において、対{ASEAN+中国}での競争力が強く、またその傾向が年とともに強まっていることを示す。次に、各17産業のGDPシェアの時系列分析を通じて、東アジアにおける製造業の生産活動の相対的なウエイトが、1960年代半ばまで日本コアにおいて増大し、その後日本周辺→NIES→ASEANへと漸次分散してきていることを示す。これらの結果は、東アジア経済の「雁行形態」的な発展において「集積の経済」が重要な役割を果たしてきたことを示唆している。

さらに第5節において、日本の電気機械産業に属する多国籍企業のグローバルな生産システムの変容についてのミクロな分析を通じて、日本国内及び東アジア全域における地域経済システムの変容は全体的に一つのプロセスとして進展してきていることを例証する。

最後に第6節において、中長期における日本及び東アジアの地域経済システムの将来について、幾つかの可能性を検討する。