転職行動の経済分析

執筆者 橘木 俊詔/長谷川 和明/田中 哲也
発行日/NO. 1997年2月  97-DOJ-75
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概要

1.いわゆるバブル経済後の厳しい経済環境の下、労働市場についても変化や見直しが言われている。本稿では、長期雇用と密接に関わる転職につき検討する。

2.これまでの経済学における転職関連の主要な論点は概ね次のとおりである。

(1) 長期雇用は我が国内部において普遍的な事象とも、また国際的に見て我が国において優れて固有の事象とも言えない。
(2) 転職は、労使いずれの意向によるかで性格が異なる。
(3) 長期雇用は不況時には労働力の退蔵も伴うため、そのメリット・デメリットはほぼ長期雇用、ひいては労働市場流動化の是非・当否として理解できる。
(4) 日米、さらに欧州は、不況時において労働退蔵とlayoffという異なる対応を採るのが一般であるが、その経済的効果は類似している。
(5) 労働市場は、長期雇用を前提に昇進において優遇される内部労働市場と、労働移動が容認されるが昇進には不利な外部労働市場とに分断されている。
(6) 雇用者の有する資質と雇い主が労働者に求める資質とが合致しない場合、転職が双方にとって望ましい(いわゆるジョブ・マッチの理論)。

3.本稿での検討の結果は以下のとおりである。

(1) この30年ほどの我が国の転職率は、70年代後半にかけて減少し、その後相対的に緩やかな増勢にある。但し90年以降に限れば急減している。
(2) 諸外国と同様、我が国の転職も景気順応的であり、かつ景気の転職に対する影響力は相当に大きい。
(3) 景気以外の我が国経済社会の変動が転職に及ぼす影響力は時期により異なるが、総じて転職率を高めている。但しその影響は景気に比しかなり小さい。
(4) 職種別に見ると同種間の転職が多く、我が国労働市場は職種により分断されている。ホワイト・カラー、特に専門・技術職の転職は増加傾向にある。
(5) 年代別には若年者の転職率が高い。但し、30~40代前半の女子、50~60代の男子も高く、これらは転職が労使いずれの主導によるかの影響と見られる。
(6) 企業規模別では、小規模なほど転職率が高く、かつその多くは同規模企業に移る傾向がある。また重み付き遷移確率で企業規模間移動を見ると、より小規模な企業への移動が多い。これらから、労働市場に企業規模による分断があると見られる。なお景気は、上方移動により強く影響すると考え得る。
(7) 産業別には、企業規模や規制の在り方の効果が考えられる。産業の盛衰の影響は否定されないが強いとも言えず、賃金の効果はほとんど認められない。
(8) 転職ないし離職理由を見ると、雇用者主導の転職が増加している。中では賃金よりも適職性等が重視されており、特に女性においてその傾向が強い。
(9) 労働者の意識においては転職に肯定的な人の比率が上昇しており、特に若年層や大企業勤務者においてその傾向が強い。

4.国民の意識の変化等を背景に転職率は全体としては高まっているが、その内容は性別、年代、産業等により異なる。長期雇用には長所・短所が種々存在する中で、転職という選択肢ができることは否定さるべきではないが、直ちに長期雇用を破棄すべきとも断じ得ない。いかなるケースにおいて労働市場の流動化が積極的効果を生じるかの検討が必要であろう。