日本企業の『過当競争』

執筆者 上田 英志/岩本 晃一/中橋 靖
発行日/NO. 1993年10月  93-DOJ-48
ダウンロード/関連リンク

概要

本稿は、従来から日本企業の特徴として一般に言われている、いわゆる「過当競争」の問題を取り上げ、最近の産業組織論の発展を踏まえて理論的に検討するとともに、産業別(石油化学、鉄鋼、自動車及び家電)に実証分析したものである。

最近、日本市場の閉鎖性、景気後退期の低利潤等を日本企業の過当競争体質に求め、これを解決するために政策介入を期待する意見がある。しかしながら、「過当競争」は、従来、人によって異なるイメージで捉えられてきた。そこで、本稿では「過当競争」を、最近の経済理論で提唱されてる「過剰参入定理」に依拠しつつ議論した。「過剰参入定理」とは、いくつかの企業行動や費用構造に関する前提をおいた上で、企業数の増加又は投資の増加に伴って過剰に固定資本の投下が行われるため、社会的に見ても経済厚生が低下する場合があることを示したものである。しかしながら、この理論にはいくつもの限界があり、これがいたずらに政策介入に根拠を与えたものとは決して言えない。

まず、これまで過当競争状態にあったかどうかを各産業別に利潤率、設備稼働率等の指標から検証した。右油化学工業(エチレン)については、石油ショック後、国内市場が安定成長に移行したことから過当競争に近い状況が顕著に見られるようになったが、1983年からの設備共同廃棄により同状況を脱した。鉄鋼業については、製品差別化が少なく過剰設備になる傾向は見られたが、明確には過当競争は見られなかった。自動車産業及び家電産業は、このような指標でみる限り、これまで過当競争にあったとは言えない。

また、過当競争に対する政策介入に関して、モデルによる議論は限界があるため、第一次石油ショック後の日米独のエチレンの需給調整過程を比較することにより議論を行った。日本は「特定産業構造改善臨時措置法」 (以下産構法と言う)に基づくカルテルにより生産設備の共同廃棄を行って、2年間で32%削減するとの計画に沿って短期間に確実に設備を処理し、出向、周辺工場への派遣等で雇用調整を行い、エチレン生産の主要12社体制は不変であった。米国では企業再編、工場売買等を通じた市場原理、独では米国系資本の撤退によって、需給の構造的なギャップを調整した。米・独ではその過程で設備の更新や生産体制の再編・集約化が進展した。こうした調整方法に違いが生じた要因については、雇用慣行等企業を取り巻く環境、政府と企業間の関係、政府介入による副作用の評価等が異なっていたためと考えられる。

これまでの各国の調整過程とそのパーフォーマンスを比較し、また、石油化学の生産が国際マーケットに統合されていく趨勢を展望すれば、今後我が国において過当競争に近い状態が生じる場合にも、市場による調整を中心とする方向を目指すべきであり、このため雇用・資本市場の整備や競争政策上の対応を図っていくことが重要となろう。