経済成長要因としての産業技術

執筆者 藤原 浩一
発行日/NO. 1992年2月  92-DOJ-34
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概要

第2次世界大戦終了時までに欧米の諸産業は革新的技術を生みだし、日本との比較において圧倒的な供給能力格差を実現した。終戦以後日本の産業は徹底した技術導入を実行、欧米との生産能力格差を埋める努力を行った。その一方で技術の高度化および深化をはかり産業の生産基盤の中核を形成、続く高度経済成長実現の基礎を築いた。このような事例から明かな通り技術を生み出す主体は産業自身であり、産業は一定の技術を前提に供給能力を確保し成長を実現するものと考えられる。しかし、伝統的に技術は経済学において外生変数としてみなされ、技術が基本的な成長要因とは考えられていない。本論文の目的は、従来与件として扱われてきた技術が生産活動の内生要因であり、かつ経済成長の最も基本的な要因であることを明らかにすることである。議論は一国の基本産業構造を明示して進められる。産業技術が製品技術、生産技術、量産技術の3つの範疇に分類され、製品技術が潜在需要を創出、生産技術が潜在需要を有効需要に転化させる役割を果たすことを示す。続いて3つの技術範疇を前提に鉄鋼業、自動車産業、造船業、電気・電子産業、化学産業において成長要因となった技術を分析、各産業における基本成長要因および日本の産業の特性が次の通りであることを示す。

  • 鉄鋼業などの基礎素材系産業では粗鋼等の量産技術が基本成長要因となる。
  • 自動車産業および造船業などの高度な加工・組立を必要とする機械系産業ではフォード式の流れ作業、部品の規格化、機械生産技術の3要素が大量生産を可能し、成長要因となる。
  • 電子産業では不純物拡散法およびプレーナ技術等を基本に集積回路の量産が可能になったが、集積回路の出現は電気産業における回路の量産技術としての役割を果たし、生産性上昇を通じて成長要因となる。
  • 化学系産業の最も基本的な成長要因はまったく新しい物質の開発にある。製品の量産は安価かつ反応効率の高い触媒の発見に依存する。以上を前提にプラント設計・開発技術により大量生産が実現される。
  • 日本の産業は基本となる製品、生産および量産技術を独創的に生み出してきた実績はほとんどない。しかし、3技術の導入から始め、生産技術の深化による供給能力の高度化、製品の高付加価値化による製品競争力の増大により成長を実現させる能力を有する。

以上の分析を前提に、経済成長の段階と上述3技術の間に以下のような関係があることを示す。

  1. 産業が成長を始めるためには量産技術の革新が必要である。量産技術の革新が産業の存立基盤を与える。
  2. 成長初期から中期にかけて量産技術を前提に設備投資による規模の拡大および生産技術の革新による生産能力の向上がなされる。その結果、量的拡大を中心とした高度成長か生じ、同時進行的に製品技術の革新が生じる。
  3. 量的拡大により市場が飽和すると産成長は質的成長(安定的成長)へと転化する。

結論として、産業は製品技術により需要を創出し、生産技術により物理的な供給能力を実現することにより成長を達成しようとする能動的な経済主体であり、産業技術が経済成長の手段であることを導く。