中国が抱える2つの内部矛盾

本稿は、世界経済を牽引するエンジンの中国経済が新年に直面する2つの大きな内部矛盾を明らかにする。

現在、中国のGDPの大きさは日本の3分の1だ。人口は中国が日本の10倍以上ある。だから中国の1人当たりGDPは日本の30分の1しかない。実際、中国の1人当たりGDPは1200ドル、これに対して日本は3万5000ドルある(いずれも2004年)。

中国の政策当局は、今後は1人あたりGDPを毎年7%成長させていきたいと計画している。つまり10年間で1人当たり所得が倍増、20年間で4倍増である。2025年に中国の1人当たりGDPは5000ドル近くになるわけだが、それはまだ、現在の日本の7分の1の水準にすぎない。今から20年経って、中国経済全体としてはようやく中進国の仲間入り、ということになる。しかも、それに至る道が平坦であるという保証は全くない。いくつかの大問題があるが、ここでは1つだけ取り上げておこう。

その1 激しすぎる所得格差

それは所得格差があまりにも激しいことだ。世界銀行の研究によると、中国のジニ係数は0.5である。この係数は大きければ大きいほど、所得格差が激しいことを意味する。多くの国々では、もちろんバラツキはあるが、0.3前後である。現在の日本もそうである。しかし1920~30年代の日本のジニ係数は0.45前後であったようだ。

これは何を意味するのか。経済発展がある段階にさしかかると所得の不平等が激化する、という法則が、戦前の日本や今日の中国で当てはまっているのかもしれない。簡単に図式化していえば、戦前の日本では繁栄する財閥と疲弊する農村という2極構造であり、今日の中国では一方で上海など発展する太平洋沿岸部(3億近くの人口)と貧しい農村を抱える広大な西部との2極化であろう。1人当たり所得の差は、最も高い省と最も低い省との間で10倍(5000ドル対500ドル)もある。

この顕著な所得格差は当然、社会問題となり政治問題となる。それは単に純粋な経済的問題にとどまらない。通常、1人当たり所得が国全体として低いときには、市場が円滑に動くために不可欠の制度もまた大変に未発達である。こうした市場を支える制度というとき、3つの側面がある。(1)法律、(2)規制、(3)情報開示だ。中国は法治ではなく人治の国だというのは、中国の法制度の未発達を表し、裁判は政治から独立していない。規制の執行は地方の役人に任されるため、役人の自由裁量が働きやすく、大がかりな汚職、賄賂が発生しやすい。政府レベルの情報開示が当局によって大きく左右されるのは共産党政権の下では当然かもしれないが、企業の会計簿がいくつもあり透明でないこともよく知られている。中国では売上債券の回収が容易ではないという話も、こうした法律、規制、情報上の制度が著しく遅れていることの表れなのである。

こうした制度の未発達は、地方共同体の所有制下にある農民の土地が工業・住宅用地として強制収容され国有化されるとき、国や省の役人が不正行為を働くという形で表れることも多い。これが貧しい農民を怒らせ、年間数万件にも及ぶ農村デモが生じている。加えて、高度成長は環境破壊を急速に進めている。GDP成長率は9%でもいわゆるグリーンGDP(国内純生産から環境に関する外部不経済を貨幣評価した費用を控除した環境調整済み国内純生産)のそれはマイナスだ、といわれるのもこのためだ。河川の著しい汚染被害も貧困層を直撃することが多い。こうした経済的格差が、社会問題化し政治問題化することを、一党独裁の共産党政権は非常に恐れている。

年9%もの高度成長が続く中国が、一方で以上のような大きな内在的矛盾を抱えながら、他方では世界経済のエンジンになっていることもまた間違いはない。日本のGDPの3分の1とはいえ、中国の経済成長率は日本(1.5%)の6倍、中国の輸出入は中国自身のGDPの約1.5倍の速さで伸びているから、世界GDPや世界貿易を牽引するエンジンとしての力は日本の2~3倍ある。制度不信・社会不安・政治不安に大きなリスクを感じながら、中国の市場の大きさにひかれて世界の企業が進出する理由はここにある。

日本の総輸出に占める中国向け輸出は、香港向けを含めると20%近い(04年、中国本土向けだけでは13%強)。このウエートは決して断トツに高いわけではない(ASEAN・韓国・台湾24.3%、米国22.4%、EU15.5%)。しかし、中国向け輸出の伸び率は、他の地域向けのそれに比べ相対的に高いのである。

さらに重要なことは、日本の総輸出の47%は東アジア向けであり、また東アジア諸国域内の貿易比率が今や55%に達し、急速に経済統合が進んでいることだ。東アジア全体に生産ネットワークが確立され、発展し続けている。中国が世界の工場になっているという見方は、木を見て森を見ない、の誤りを犯すことになる。東アジア全体が、巨大な生産ネットワークとして有機的に連結している世界の製造センターであり、これが森であって、中国はその森の中にある巨木ではあるが、1本の木にすぎない。その理由はこうだ。

東アジアでは、直接投資と貿易のリンクに支えられた新しい産業内垂直分業が形成され生産ネットワークが樹立した。たった2~3年前には、中国の台頭→安価な中国品の輸入急増→日本のデフレの深刻化、という議論が強かった。現実はその逆である。というのは中国の貿易では加工貿易が全体の6割近くを占め、その8割は直接投資を行った外国企業による。しかも中国の加工貿易は、日本や台湾、韓国から技術集約度の高い高度な中間財(部品、コンポーネント、素材など)を大量に輸入し、それを低賃金で加工して、最終財を世界に輸出している。東アジアに進出した日本企業が高度な中間財も生産し、それらを中国に輸出する。こうして東アジア全体が世界の製造センターとなっているわけだ。中国をはじめとする東アジアへの日本の輸出は、こうした生産ネットワークの樹立に基礎をもつ恒久的な性格を備えている。

このような生産ネットワークでは、エレクトロニクス産業にみられるように、長い生産工程が数多くの生産ブロックに切り分けられる。分断されたそれぞれの生産ブロックがもつ技術集約度や資本集約度や労働集約度に応じて、東アジアの各国へ、あるいは1国の中でも最も適した地域へ配分され、全体として一貫した国際分業体制が出来上がっている。日本は技術集約度の高い中間財を生産し、中国はそれを輸入して低賃金で加工するという国際分業だが、これが1つの産業内で出来上がっていることから、産業内垂直分業と呼ばれる。

この国際分業は、かつて先進国と途上国の間の垂直分業が産業間で行われたのと全く違っている。かつて「北」は機械のような資本財を輸出し、「南」は農産品や労働集約的な衣料品を輸出していた。これら両方の国際分業が共存しているのが現在の東アジアである。

その2 「人民元」をめぐる誤解

中国経済は、04年から05年の前半にかけて、6%を超えるインフレの加速や都市でのオフィス・住宅バブルが大きな問題になった。しかしその高い消費者物価インフレも、食料品を除いたコアのインフレでみると2%以下に収まっていた。また不動産バブルといっても、不動産価格の年々の上昇率が、名目GDPの年平均成長率13~14%をはるかに上回っているわけではなさそうだ。

問題は国際収支の大きな黒字、外貨準備の急増から生じがちな国内のマネーサプライの増大、銀行融資の拡大、潜在的なインフレの加速をどう抑えるかにある。その際、人民元をどう管理するかが重要な政策問題となる。ところが残念なことに、人民元問題は非常に歪んだ理解をされている。

とりわけ米国でみられる歪んだ理解は、米国の膨大な貿易赤字の縮小には人民元の大幅切り上げが必要だという見方である。これが歪曲された見方であることは、次のような数字をみればすぐに分かる。04年には、米国の対世界・貿易赤字は6000億ドルだったかが、中国の対世界・貿易黒字はその12分の1の500億ドルだった。だから中国が人民元を切り上げて対世界・黒字を全部減らしても、米国の対外赤字の12分の1しか減らないかもしれないのである。

人民元の問題は実は中国自身の問題なのである。というのは、中国の外貨準備の増大がインフレ加速の温床になっているとき、それを断ち切るには、為替レートの切り上げが重要な手段である。為替レートの切り上げは、輸出量を抑え、輸入価格を下げるので、それ自体でインフレ加速を抑える。

ところが、05年7月21日の人民元制度の改革は、対ドル・レートで2%強切り上げたにすぎない。皮肉なことに、その後米ドルは金利引き上げを反映して、円やユーロに対し強くなった。例えば、円・ドルのレートが1ドル=110円前後から120円近くになったのはそれを示している。だから依然として事実上ドルに固定している人民元は、円やユーロに対しこの半年は強くなっているわけだ。しかし、これは、GDP比6%以上にも及ぶ米国の膨大な対外赤字がドルの下落を誘発しやすいことを考えると、決して長続きする話ではない。

中国国内のインフレ加速に対して、国内の金利を上げればよいのかもしれない。しかしそれは国際資本の流入を呼び、国際収支の黒字はかえって大きくなる。そこで銀行融資の窓口規制に訴えることになる。04年の初めごろまでは、全固定資本の伸びが年50%もあり、インフレの原因だった。政策当局は国有企業の固定投資の伸びを04年には25%ほどに、さらに05年には10%以下に抑えた。国有銀行を使った窓口規制による銀行融資の抑制が奏功した。しかし、おそらく低金利や過剰な流動性のため、民間部門の固定投資が50~60%増えている。その結果、国全体の固定投資の伸びは依然として30%近い。

こうした窓口規制に加えて、中国の通貨当局は外貨準備の増大がベースマネー(流通現金プラス市中銀行が中央銀行口座にもっている過剰準備)を増やしインフレの種がまかれるのを相殺するために、いわゆる不胎化政策をとっている。これは、中国人民銀行が自ら手形を発行し、これを市中銀行に売却、それと引き換えに市中銀行のもつ過剰準備や現金を市中から吸い上げる政策である。これまでのところ、こうした不胎化政策はインフレ抑制という点では成功してきている。

05年に入ってからは、貿易収支の黒字に大きな変調が表れた。04年までは中国自身の経常収支黒字は、大きくてもGDP比3~4%以下に収まっていた。ところが05年の黒字はGDP比8%くらいになりそうだ。

それには2つの理由がある。1つは米国、EUが課していた中国からの繊維輸入に対する割り当てが05年初めに撤廃されたことだ。この結果、中国の繊維輸出が急増している。米国の圧力で中国は輸出自主規制を課すことになったが、その効果はまだわからない。2つ目は、人民元を切り上げる前に人民元立てでの収入を最大にするために、輸出の駆け込みと輸入の手控えがあるとみられ、これに加え、前述した国内の景気抑制策が効いている可能性もある。これらが06~07年にかけても続くようであれば、人民元の切り上げを余儀なくされる。

こうして中国経済は潜在的に大きな波乱要因を抱えているが、06年にも実質GDP成長率9%は実現するだろう。いまだ2億近い不完全雇用の農村人口を抱える中国だ。年々の新規雇用吸収力は成長率9%の下で約1200万人。完全雇用の実現にはまだ15年ほどは要するのである。だから中国としては何としてでも高成長を「持続」することが至上命令である。

これを貫くためには、前述した深刻な所得格差に基づく社会・政治不安の克服と、インフレ抑制に必要な人民元制度の弾力化という当面の2大問題を、06年も乗り越えていかなくてはならない。

2005年12月20日号『週刊エコノミスト』に掲載

2005年12月21日掲載

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