やさしい経済学―公共政策を考える 人口減少下での政治

第8回 高齢世代が影響力持つ

小黒 一正
コンサルティングフェロー

日本のようにすさまじいスピードで少子高齢化が進む中での、民主主義は人類史上初めての経験でしょう。多くの先進国でも、全有権者に占める引退世代の割合は上昇することが確実です。1人ひとりが利己的に行動し、死ぬまでに貯蓄を使い切ろうとする「ライフサイクル仮説」に従うと、政治的意思決定の時間的視野はより狭くなります。

こうした引退世代の強い影響力に応じ、政治家が引退世代の効用を最大化するように行動することを「シルバー民主主義」仮説といいます。近年の政府債務残高の膨張や、世代間格差の是正が進まない理由の1つを、この仮説に求める場合があります。

政治経済学で有名な「中位投票者定理」という理論でも、政策は中位の選好をもつ有権者(現在の日本では中高年世代)の意向を反映しやすいとされています。このような考え方が生じる理由は、人口構成をみれば一目瞭然です。選挙権をもたない20歳末満も含め、2015年時点における日本人の「中位年齢」は約47歳です。つまり47歳以上が、人口の過半数を占めているのです。多数決を取った場合、どちらの年代に有利になるかは明らかに思えます。

ただ、シルバー民主主義が本当に存在するか否かは明らかではありません。筆者は総合研究開発機構の島沢諭・主任研究員(当時)らと共に、高齢化の進行が高齢者の政治的影響力を高めるのか00~10年のデータをもとに検証しました。その結果、所得や歳出、景気、政治的要因を考慮しても、中位年齢の上昇とともに老人福祉費が上昇することを確認しました。

シルバー民主主義仮説の妥当性については慎重な判断が必要ですが、相対的に強い政治力を持つ老齢世代が、意識的か無意識的かにかかわらず、若い世代や選挙権を持たない将来世代に過重な負担を押し付けている可能性は十分にあります。これは「政府の失敗」ひいては「民主主義の失敗」の一例といえるのではないでしょうか。

2015年11月5日 日本経済新聞「やさしい経済学―公共政策を考える 人口減少下での政治」に掲載

2015年11月18日掲載

この著者の記事