やさしい経済学―公共政策を考える 人口減少下での政治
第5回 マイナンバーの活用も
小黒 一正
コンサルティングフェロー
政治の役割は「正の分配」から「負の分配」に急速に変わりつつあります。国民に納得してもらうには、収入や資産の分布を的確に把握しつつ、証拠に基づいた制度設計が必要になります。
現実には、時代の変化に対応できていない制度設計もあります。例えば、年金改革に関する議論や年金の財政検証では「モデル世帯」が用いられます。モデル世帯とは、夫は平均的な収入で40年間働いたサラリーマン、妻は40年間ずっと専業主婦の世帯を指しています。しかし、実際の年金受給者の年金額分布を分析すると、モデル世帯の年金額とはかけ離れていることがわかっています。
これは専業主婦がいるというモデル世帯が、その世代を代表するモデルにはなっていないことを示しています。今後は貧困高齢者の世帯が急増すると指摘する分析もあります。これから必要なのは、2020年、30年、50年の年金分布が現状の政策でどう予測され、追加の改革でどう変化するのかという分析です。そのような分析がなければ、正しい政策決定はできません。
証拠に基づく制度設計という視点では、収入だけでなく、資産に関する情報にも考慮することが大切です。例えば、消費増税に伴う負担増への対応方法です。食料品などの消費税率を低く抑える軽減税率の導入で、生活に余裕のない人の負担を和らげようという議論がありますが、高所得者や資産家も恩恵を受けてしまう側面があります。
これから本格的に稼働するマイナンバー制度を通じてより正確な所得把握が可能となれば、所得税を払えないほど所得の低い層には現金を給付する「給付付き税額控除」も実施しやすい環境になります。これだと対象を本当に困っている人に限定できる利点があります。
子供の医療費補助や生活保護といった給付についても同じことがいえます。今後は、マイナンバー制度を活用した社会保障と税の制度設計が重要になっていくでしょう。
2015年11月2日 日本経済新聞「やさしい経済学―公共政策を考える 人口減少下での政治」に掲載
2015年11月18日掲載
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