やさしい経済学―「真」の貯蓄率と統計のクセ

第6回 家計調査なぜ必要

宇南山 卓
ファカルティフェロー

ここまで、SNA(国民経済計算)と家計調査の貯蓄率の乖離の原因を検討してきた。対象世帯の違いと所得・消費の定義という制度的な違いで乖離の約3分の2は説明できた。さらに残りを説明するために、高額商品の消費の過少性と、財産収入の過少性という家計調査のクセに注目した。

SNAの帰属家賃や家計調査の2つのクセなどを調整し計算した貯蓄率を見ると(図)、乖離はほぼ解消し、もはやSNAと家計調査の貯蓄率に大きな違いはない。先行研究で残された貯蓄率の乖離は、家計調査の2つのクセが原因だった。図を見ると日本の貯蓄率は1990年ごろから低下している。これはSNAの調整前の傾向と同じで、結果的にはSNAが「真」の貯蓄率をとらえていたことになる。

図:誤差補正後の貯蓄率
図:誤差補正後の貯蓄率

ではSNAだけか必要な統計なのか。答えは否で、SNAだけでは貯蓄率の分析は実質的に不可能だ。貯蓄の決定メカニズムは、マクロ的な変化を個々の家計の貯蓄行動の変化に分解することで明らかにできる。そのためには、年齢や収入などの世帯属性別の消費・貯蓄のデータが必要で、家計調査は不可欠だ。

だからこそ、統計のクセを理解することが重要である。これまで見たように、家計詞査には家計の認識という限界があり、そのままでは家計の「真の姿」とはズレており分析に使えない。だが、高額商品の消費と財産所得の過少性を補正したように、他の統計との比較など利用可能な情報を活用することで、統計のクセに対処することはできる。言い換えれば、家計調査は統計のクセを知り、対処することで、世帯属性別の貯蓄行動を観察可能にするというミクロ統計に期待される役割を果たせるのだ。

統計のクセを明らかにすることは、日本の統計制度の改善にも資する。家計消費状況調査によって家計調査の問題点が明らかになったように、補完的な統計を整備すれば世帯調査の精度改善にも寄与する。統計のクセは、統計自体を改善するための貴重な情報である。

マクロ統計と整合的な世帯属性別の貯蓄率が利用可能になったことで、ようやく貯蓄率の決定要因を分析するスタートラインに立つことができた。次回は、実際に補正された貯蓄率の動向を詳しく見てみよう。

2010年8月31日 日本経済新聞「やさしい経済学―『真』の貯蓄率と統計のクセ」に掲載

2010年9月16日掲載

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