やさしい経済学―「真」の貯蓄率と統計のクセ

第4回 家計の認識の限界

宇南山 卓
ファカルティフェロー

前回、国民経済計算(SNA)と家計調査の貯蓄率の乖離25%ポイントのうち、16%ポイントは対象世帯や貯蓄率の定義の違いによるものである点を説明した。残りの9%ポイントはマクロの貯蓄額にすると約20兆円分になる。この乖離の謎を説明するのが「統計のクセ」だ。

特に家計調査には家計の認識という調査の限界があり固有のクセは無視できない。中でも単価の高い耐久消費財や冠婚葬祭費などの高額商品への支出が、供給側の統計より大幅に少ないことが知られていた。だがその原因は不明で定量的な分析もされてこなかった。

そこで筆者は、家計調査を補完するために「家計消費状況調査」に注目した。これは高額商品などの品目に限定した購入調査で、サンプルサイズも大きく、精度も高い。家計調査と同じ世帯側の統計で、調査品目も重なるため、直接比較が可能である。家計消費状況調査の結果を「真の購入額」とみなせば、家計調査のクセを客観的に評価できる。ただ利用可能なデータは2002年以降と新しいため、先行研究では利用されていなかった。

実際2つの統計を比べると、家計調査での自動車・住宅工事・家具など高額商品の購入は大幅に少ない。支出額で見ると、家計調査は、比較可能な品目の合計で約30%、消費支出全体では約15%過少だった。その水準は時系列的に安定しており、まさに家計調査のクセといえる。

その原因として、調査世帯が高額商品を家計簿に記載する必要がないと誤解している可能性がある。家計簿とはミカンやリンゴなどの日々の支出を記録するもので、住宅工事や披露宴の費用は記載の必要がないという誤解だ。家計消費状況調査は事前に調査品目を指定しており、この誤解はありえない。家計調査は品目を事前に指定しない自由記入方式であるため誤解が生まれ、過少性の原因となるのだ。

しかし、品目を事前に固定してしまうと、新製品が登場しても調査対象とならず、消費行動の変化を見逃すことになる。その意味で、高額商品の過少性は家計調査の柔軟性を確保する代償といえ、不可避的なクセである。

そのクセは、いまや家計消費状況調査で客観的に補正可能だ。消費が安定的に15%過少であることに対応して、消費を1.15倍すればよい。この補正によって、貯蓄率は約12%低くなる。残された貯蓄率の乖離は9%ポイントであり、この調整によりSNAと家計調査の貯蓄率は逆転し、家計調査の方が3%ポイント低くなる。

2010年8月27日 日本経済新聞「やさしい経済学―『真』の貯蓄率と統計のクセ」に掲載

2010年9月16日掲載

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