やさしい経済学―「真」の貯蓄率と統計のクセ

第3回 制度的な違いは

宇南山 卓
ファカルティフェロー

今回は、家計調査と国民経済計算(SNA)の対象世帯の範囲や貯蓄の概念など制度的な違いを整理し、統計のクセで説明されるべき乖離の大きさを明らかにする。

最初は集計対象の世帯の違いだ。SNAは全世帯をカバーするが、家計調査は(1)農林漁家や単身世帯などが調査対象からはずれていた(2)自営業などは毎月の収入を調査していないとの理由で、貯蓄率の計算では「2人以上の世帯のうち勤労者世帯」に限定してきた。

だが近年では、農林漁家や単身世帯(学生を除く)も調査対象となった。また勤労者世帯(サラリーマン世帯)以外でも、「無職世帯」の毎月の収入を調査するようになった。この結果、現在は「勤労者および無職の全世帯」の貯蓄率が計算できる。

こうして対象世帯を拡大し、SNAに近づけると家計調査の貯蓄率は9%ポイント下がる。これは無職世帯の多くが引退した高齢者世帯であり、貯蓄率が低いためである。まだ自営業者や法人経営者は毎月の収入が調査されておらず、貯蓄率も計算できないが、先験的にその影響は小さいと考えられる。

消費や所得の定義の違いも乖離の原因だ。これは統計作成の考え方の違いによって生まれる。SNAは、一国全体での経済取引はできる限り把握しており、取引の結果は最終的な意思決定者に帰属させている。一方、家計調査は、家計簿への記入が前提で、家計の認識に基づき取引が記録されている。

最もよく知られる違いが持ち家の帰属家賃である。これはSNAの項目で、持ち家の家賃相当額を消費および収入として計上したものだ。一国の経済規模を正確に把握するためには必要だが家計には認識されない。

保険契約者に帰属する財産所得も影響が大きい。これは、貯蓄型保険の積立金の運用益を指すが、SNAでは家計の収入となる。最終的には保険契約者である家計の収入だが、積立金は保険会社が管理しており。家計簿には記録されない。さらに住宅ローンの扱いも両統計で異なる。借金の返済金は、元本と利払いが区分され、元本部分だけが貯蓄である。だが家計にとってその区別は意味がなく認識もされないため、返済金全額が貯蓄となる。

こうした概念の違いを一致させるよう、SNAの項目を加除して調整すると、SNAの貯蓄率は約7%ポイント高くなる。つまり、対象世帯と貯蓄概念の調整で、直近の乖離25%ポイントのうち16%ポイントは説明できる。そして残りの約9%ポイントが統計のクセによる乖離である。

2010年8月26日 日本経済新聞「やさしい経済学―『真』の貯蓄率と統計のクセ」に掲載

2010年9月16日掲載

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