待機児童解消できるか 保育料引き上げが現実策

宇南山 卓 ファカルティフェロー

政府は2日、待機児童の解消を目指す「子育て安心プラン」を発表した。安倍政権の発足以来進めてきた「待機児童解消加速化プラン」を引き継ぐものだ。待機児童の解消時期の目標を2017年度末から3年先送りしたが、新プランでも解消できるかどうかは疑問が残る。

新プランの柱は「保育の受け皿」を今後2〜3年間で22万人分整備することだ。旧プランですでに53万人分の受け皿が整備されたが、これをさらに拡大させる方針だ。しかし、保育所定員は10年(216万人)との比較で20%以上増加したが、むしろ待機児童数は増加し、体感での保育所不足は深刻化している。

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そもそも待機児童とは保護者が希望しても保育所に入所できない児童のことであり、経済学的に表現すれば「保育所への需要が供給を超過している状態」だ。そのメカニズムを需要と供給の図で描写した。縦軸は価格(保育料)、横軸は数量(保育される子供の数)を示している。

保育サービスも通常の財と同様に、実線のような右下がりの需要曲線となる。保育のニーズは家庭環境や保護者の就業の意思などで異なるが、他の状況を一定とすれば、価格が安いほど利用希望者は増えるからだ。一方、保育の供給量が増えれば、点線のように、1人当たりの保育にかかる費用は上がる。供給を増やすには都市部に新たな用地を確保し、より高い賃金で保育士を確保するからだ。

しかし、実際の供給は保育費用とは無関係に決まっている。保育所は市町村の計画などに基づき整備され、利用料も国の基準に従い決められる。つまり保育市場の供給は、図の白丸のように点で与えられるのだ。この構造では公定の保育料に応じて決まる需要と、政府が決めた供給は必ずしも一致しない。需要が供給を上回れば「希望しても」入所できない待機児童が生じる。さらに保育料は保育費用より低く設定されており、その差は公費で負担される。

この枠組みで考えれば、政府の新・旧プランは同じ方向性であることが分かる。つまり保育料の設定を変えずに、供給量を増やすことで需給の不一致を解消する試みだ。図の黒矢印のように点Aまで量的拡大ができれば、少なくとも待機児童は解消する。

図:待機児童発生のメカニズム
図:待機児童発生のメカニズム

しかしこの方針は現実的ではない。理由の第1は、潜在的には膨大な待機児童がいると考えられるからだ。現行制度では保育所の入所者は優先度を点数化して決めており、明らかに条件を満たせない場合は申し込みを諦めるケースも多い。新プランでは待機児童の定義を適正化し把握する方針だが、利用申し込みをしない潜在的な待機児童は今後も統計に含まれない。政府が保育所を整備しても、入所可能な点数が下がることで申し込みが増え、観察される待機児童は減らないのだ。

第2は、供給増には予算を指数関数的に増やす必要があることだ。供給費用は右上がりであるため、既存の公費負担額が前提では追加の供給は不可能だ。実際、保育士の待遇改善など費用の増加が顕在化しており、加速度的に増加する公費負担分を予算的に裏付けることは困難だ。無理に量的拡大を急げば、保育の質を下げる懸念が高まる。

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保育の受け皿の量的拡大だけで待機児童が解消できなければ、もう1つの政策変数である「保育料」の変更が必要だ。保育料を引き上げて需要を減らせば「希望しても」入所できない児童を解消できる。図の白矢印のように点Bを目指す政策だ。これは多くの国民のイメージとは異なるであろうが、待機児童解消の現実的な方法だ。保育サービスの充実と矛盾するように見えるが、現状の保育料のあり方は多くの問題を抱えており、適切に対応すれば副次的なメリットもある。

保育所の費用負担は、歴史的な経緯から社会福祉の色彩が強く、支払い能力に応じて費用を負担する「応能原則」とされ、負担水準も低い。しかし現在の保育所は、選択的に利用されるサービスの側面が強い。子育ての手間をアウトソース(外部委託)するという私的便益があることを考慮すれば、利用したサービスの量に応じて費用を負担する「応益原則」を一定程度導入するのは必然だ。

現行の保育料は、実際に必要となる保育費用を大きく下回る。1人当たりの平均的な保育料負担は月3万円に満たない水準だ。それに対し保育費用は、いくつかの市区が公表している試算によれば、0歳児で月40万円以上だ。つまり大部分は公費負担という構造で、保育所を数年利用すれば合計で数百万円の補助を受けるも同然なのだ。

この保育料の水準は、公平性の観点から見て維持する根拠はない。世帯の置かれた状況のわずかな違いで入所の可否が決まる現状では、大きな公費投入は制度に対する不公平感を生む原因になる。また利用者の所得が高いケースも多く、所得再分配上も正当化できない。

効率性の点でも保育料の引き上げは望ましい。女性の活躍や人的資本の有効活用の観点からは、賃金水準が高く、就業継続の意欲が強い保護者を優先的に入所させるべきだ。現行の入所基準はキャリア形成や就労意欲などを評価していない。高キャリア・高収入であるほど保育サービスに対し高い支払い意思を持つと考えられるため、価格メカニズムの方がより効率的な入所者の選択基準となる。

財政的にも大きなインパクトがある。現状で260万人の保育所定員に対し、例えば1人あたり月平均1万円を引き上げれば、年間3000億円程度の恒久財源が確保できる。保育の質を下げずに追加的な量的拡大が可能だ。

ただし保育所の社会福祉的側面への配慮は必要だ。これまで優先されてきた母子家庭などの利用者の利益は守られるべきだ。しかし、その方法は、保育所の優先枠のような現物でなく現金給付などで対応することが望ましい可能性もある。保育所の定員が希少な資源であることを考慮した制度設計が必要だ。

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保育料の引き上げは子育て世帯の負担増につながるため望ましくないとの意見もありえる。政府が9日に閣議決定した経済財政運営の基本方針(骨太の方針)では、人材投資の強化の文脈ではあるが「幼児教育・保育の無償化」に言及している。

しかし、ここまで議論したように保育の無償化は待機児童解消とは逆行する。少子化対策としても、保育所を利用する児童の割合は約4割にすぎず、低い保育料は子育て世帯全体への支援とはなっていない。保育サービスのうち幼児教育の相当部分は無償化するとしても、子育ての手間の代行部分は利用者が負担すべきであり、現状の保育料でも低すぎる。

もちろん保育に対する公的負担自体は合理的だ。保育所は、女性の就労支援、幼児教育、子育て負担軽減など多くの役割を果たしており、結果として少子化解消や女性活用など私的便益を上回る社会的メリットを生み出すからだ。ただし公費負担は社会的メリットの大きさを反映すべきで、それに応じて保育料を引き上げれば、社会的に望ましい状態となる。

保育士不足など量的拡大が曲がり角にある現時点では、こうした保育費用の負担構造の改革こそが待機児童解消のカギとなる。

2017年6月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年7月5日掲載

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