日本における開業と廃業の現在

植杉 威一郎
コンサルティングフェロー

1.はじめに

中小企業庁調査室では、毎年、中小企業白書を作成、閣議決定の上で公表している。政府の公表する白書の中でも、1、2位の発行部数を有している。44回目を迎える今年は、「地域の強みを活かし変化に挑戦する中小企業」という副題の下、地域資源の有効活用、中小企業と金融機関の関係、企業間のネットワークや取引慣行、人材の確保といったテーマを設定して、中小企業に対する施策との関連を念頭に置きつつ分析を行った。

白書の取り扱う範囲は多岐にわたるので、本稿では、開業と廃業に係る分析に焦点を絞り、白書以外の研究成果も踏まえつつ詳しくみる。諸外国と比較した場合に、開業率・廃業率ともに低い日本の状況が問題とされることが多い。今回の白書では、日本の開業率は本当に低いのか、廃業率は開業率を本当に上回っているのかを検証する。同時に、低い開業率がどのような観点から日本経済にとって問題なのかを論じる1)。

2.事業所・企業統計vs. NTTタウンページ

中小企業白書も含め、これまで、日本の企業や事業所の開業・廃業の動向を知るためには、総務省「事業所・企業統計」が用いられてきた。事業所・企業統計は、調査員が外観から事業所を特定して調査票を配布し、日本全国すべての事業所・企業を把握するものである。簡易調査も含めると、2~3年に1度の頻度で実施されており、最近では、2004年に調査が行われている。事業所・企業統計で新たに現れた事業所・企業、前回の統計では存在しているが今回は存在しない事業所・企業を特定することで、開業率・廃業率の推計を行っている。

しかしながら、2~3年おきに行われる調査であるため、開業後間もなく廃業する事業所の把握が不可能、看板が出ていないなど外観で把握できない事業所の特定が難しいなどの問題点が指摘されている。特に、最近の情報通信技術の発達で、ソフトウェア業や情報サービス業、ネット上での仮想店舗等、外観からは捕捉しにくい事業所が増加している可能性が高い。

これらの問題を解決するため、白書では、新しい統計に基づく開業率・廃業率を算出した。NTT東日本・西日本「タウンページデータベース」に含まれている日本全国の事業所データから、新たにタウンページへ電話番号情報を掲載した事業所を開業事業所、掲載を取りやめた事業所を廃業事業所と定義し、事業所の開業率・廃業率を算出した。経営には電話回線の取得はほぼ必須と考えられることから、開業・廃業動向の網羅的な捕捉が期待できる。実際、事業所・企業統計における2004年6月時点での事業所数は571万であるのに対し、タウンページデータベースでは、2004年9月時点での事業所数は643万となっている。また、タウンページデータベースは、2カ月に1度データ更新をしており、タイムリーな開業・廃業動向の把握も可能となる。

タウンページデータベースに基づく開業率・廃業率、ならびに、事業所・企業統計とタウンページデータベースにおける業種別開業率の比較を、図1、図2に示している。開業率・廃業率については、それぞれ従来の事業所・企業統計に基づくものよりも高い一方、廃業率が開業率を2.5%程度上回る状況が続いており、事業所の減少に歯止めがかかっていない。業種別では、特に、情報・通信や人材派遣やリース業などを含む事業活動関連サービスにおいて、タウンページデータベースに基づく開業率・廃業率が高いことがわかる。この他にも、ITバブル崩壊後高かった情報・通信分野における廃業率が、その後の景気回復に伴い低下するなど、企業活動をタイムリーに把握する上で有益な情報も多く、今後の有効活用が期待される。

図1 タウンページデータベースによる年平均開廃業率と事業所数の推移
図2 タウンページデータベース、事業所、企業統計調査による業種別開業率

3. 正規雇用を多く生む開業事業所

新たな統計を用いると、従来考えられているよりも開業率・廃業率は高いことがわかった。一方で、諸外国と比較すると、日本における開業率は依然として低く、廃業率は開業率を上回っている点に特徴がある2)。こうした状況は、日本経済にとってどのような意味があるのだろうか。まず、雇用創出の観点から、開業の増加には意味があることを示す。

図3は、1999年と2004年の総務省「事業所・企業統計」に基づき、1999年から2004年までの期間中に開業した事業所、廃業した事業所、存続した事業所を区別した上で、それぞれが期間中に創出した雇用、喪失した雇用を集計したものである。開業によって生み出される雇用(1325万人)が、存続事業所によって生み出される雇用(935万人) を上回っている。加えて、最近10年間で、開業による雇用創出への貢献は、存続事業所による貢献よりも重要度が増している3)。

図3 雇用形態別の雇用変動状況

開業による雇用創出は、量が多いから重要というだけではない。生み出される雇用の内容においても、存続事業所による雇用創出とは、正規雇用を多く生み出す点で大きく異なっている。図3は、存続事業所では、雇用創出のうちの5割強をパート・アルバイトなどに頼っていること、一方で、開業による雇用創出では、パート・アルバイトなどの非正規雇用による雇用増は全体の1割強に満たず、8割以上が有給役員や正社員による雇用増であることを示している。

最近、日本の労働市場では非正規雇用比率の大幅な増加が指摘され、非正規雇用の正規化の議論が盛んである。今回の白書から、非正規雇用急増の背景には、大企業の存続事業所における非正規雇用の増加と、正規雇用を生むはずの新規開業の低迷を指摘できる4)。新規開業の促進は、正規雇用を増やすという経路を通じても、日本経済の活性化に資するといえる。

4. 不自然な淘汰? もしくは自然な淘汰?

次に、開業・廃業が経済の効率性に与える影響を吟味する。日本で他国よりも開業率・廃業率が低いのは事実だが、開業率が高く廃業率が低ければ良いというわけではない。経済にとって重要なのは、生産性の低い企業が退出し、生産性の高い企業が参入するというメカニズムが確保されていることである。開業率が廃業率をいくら上回っていようとも、質の低い企業が多く参入したり、パフォーマンスの悪い企業がそのまま市場に居残ったりする限り、経済全体の生産性は改善しない。

しかしながら、バブル崩壊後の日本経済においては、質の高い企業が参入し、質の低い企業が淘汰されるというメカニズムが機能していないと指摘されることが多い。90年代の資産価格下落と景気低迷に伴い、収益の低迷する事業会社が、金融機関からの借入金を返済できない場合が急増した。しかしながら、自己資本の毀損を懸念する金融機関は、金利減免や追い貸しなどの措置を講じて、質の低い企業に対する不良債権を顕在化させないように努めたと言われる。この結果、パフォーマンスの悪い企業が、金融機関の支援を受けて市場に残ることとなる。Peek and Rosengren (2005)は、経済の新陳代謝が正常に機能していないこうした状態を指して、不自然な淘汰(Unnatural Selection)が起きているとした5)。

今回は、こうした不自然な淘汰が、日本企業、特に中小企業で観察されるかどうかを、データに基づき検証する。デフォルトによる淘汰、デフォルトに加えて自主廃業も含めた淘汰というように、企業の淘汰・退出を2通り定義する。それぞれについて、不自然な淘汰が起きているかを調べる6)。

(1)デフォルトによる企業の淘汰
まず、民事再生法、会社更生法などの法的整理、不渡りによる銀行取引停止処分などのデフォルトに着目し、デフォルトによる企業の淘汰が自然に行われているか、それとも不自然に行われているかを検証する。デフォルトが起きると、デフォルトした企業への貸付金が返済されなくなる。このような場合に、最も被害を蒙る可能性が高いのは、金融機関である。そこで、金融機関は、通常であれば、デフォルトが起きないような企業に貸付を行う、もしくは、デフォルトが起きる可能性が高い企業にはより高い金利を求めるといった対応をとるはずである。

不良債権処理を先送りするインセンティブを持つ場合には、金融機関は、デフォルトが起こりそうな企業に対して、さらなる貸付を行う、もしくは、金利減免などの有利な貸付条件を提示する。これらの行動は、パフォーマンスの低い貸付先企業向けの債権が不良債権化するのを防ぐという意味で、貸付を行っている金融機関にとっては合理的な行動かもしれない。しかしながら、こうした行動により、質の低い企業が市場に残存するという意味での、不自然な淘汰が生じる。Sakai, Uesugi, and Watanabe(2005)では、不自然な淘汰を判別する式として、

Ei∈S(t,τ)Qi(t,τ)-Ei∈D(t,τ)Qi(t,τ)<0     (1)

Ei∈S(t,τ)Ri(t,τ)-Ei∈D(t,τ)Ri(t,τ)>0     (2)

の2つを置いている。Qi(t,τ)は、τ年に設立された企業のt時点におけるパフォーマンス変数、Ri(t,τ)は、τ年に設立された企業のt時点における支払金利、S(t,τ)は、τ年に設立された企業の中でtからt+1時点にかけて存続するものの集合、D(t,τ)はτ年に設立された企業の中でtからt+1時点にかけてデフォルトするものの集合を示す。

パフォーマンスが悪く質の低い企業がデフォルトせずに市場に残り、パフォーマンスの良好な企業が逆に市場からの退出を迫られるというのが(1)式の意味するところである。(2)式は、将来でフォルトする企業による支払金利は、存続する企業の支払う金利より優遇され、低くなっていることを意味している。どちらかが満たされていれば、日本経済では不自然な淘汰が起きているといえる。

不自然な淘汰の検証に際しては、CRD協会「Credit Risk Database」という、デフォルト情報を含めて中小企業の財務諸表に係る情報を大量に蓄積したデータベースを利用する。1997~2002年における約20万社の中小企業のパネルデータを構築し、年を経るごとに存続するサンプル、デフォルトするサンプルを区分し、それぞれの企業の質と支払金利を比較する。

表1は、(1)式と(2)式の左辺を検証した結果である。(1)(2)両方とも満たされていないことがわかる。例えば、パフォーマンスを示す総資産営業利益率について、全産業では、デフォルトする企業は存続する企業に比して2.3%ポイント分だけ営業利益率が低い。また、支払利子については、デフォルトする企業は存続企業に比して0.6%ポイント高い。質の低い中小企業が、質の高い中小企業から区別され、金融機関から高い支払金利を求められた上でデフォルトしているという意味で、不自然な淘汰ではなく、自然な淘汰が成り立っているといえる。少なくとも中小企業については、金融機関が不良債権の先送りなどを図るために、存続可能性の低い企業に対して、金利減免などの措置を多く講じたわけではないといえる。

表1 存続企業とデフォルト企業の総資産営業利益率、支払金利の違い

(2)自主廃業も含めた企業の淘汰
企業が市場から退出するきっかけは、デフォルトに限らない。借りた金は利息を付けて期限内に返済しているが、経営者の高齢化、海外への事業移転などといった理由によって廃業し、自主的に市場から退出するケースも多い。実は、デフォルトによる企業の退出は年間2万件に満たないが、自主廃業も含めた企業の退出は、年間30万件近くに上る。

自主廃業も含めて考えると、企業の市場からの淘汰・退出は、質の低い企業が存続し、高い企業が淘汰されるという意味で、不自然に行われているのだろうか。自主廃業の場合、借入金はデフォルトしていない場合も多いために、金融機関に貸し倒れが生じるとは限らず、自主廃業して市場から退出する企業、存続する企業を金融機関が区別する必要はない。

こうした考え方に基づき、今年の中小企業白書では、清水・宮川(2003)に基づき、不自然な淘汰を判別する式として、

-(q1-q3)<0     (3)

を使用する。qは、1単位の生産・販売を行う上で必要となる労働投入量を示す変数であり、値が小さいほど事業所の生産効率が高い。q1は存続事業所における生産効率、q3は自主廃業も含めて廃業する事業所における生産効率を示す。

不自然な淘汰の検証に際しては、存続事業所と廃業事業所を区別できる、経済産業省「工業統計表」を使用する。分析の対象は製造業となる。1993~2003年の期間中に、存続していた企業、新たに参入した企業、退出した企業を区分する。その上で、1998年時点における存続企業、参入企業、退出企業の質を、労働生産効率(1単位の製造品出荷を行うのに必要な従業員数)を用いて比較する。比較に当たっては、投入される資本の量によって労働生産効率が大きく変わることを考慮して、資本係数が似通っていると考えられる製造業の細分類の業種ごとに推計する。また、規模の経済を仮定し、企業規模が異なる場合には、1単位の製造品出荷を行うのに必要な従業員数が同じでも、規模の小さい企業の労働生産効率が高いと考える。

表2は、(3)式が成り立つ細分類業種と成り立たない業種の数を1998年時点についてまとめ、1990年時点で同様の検証を行った清水・宮川(2003)と比較したものである。98年時点の分析と清水・宮川(2003)における90年時点の分析では、計測不能な業種の定義が異なっていると考えられ、2つの時点での厳密な比較はできない7)。しかしながら、いずれの時点においても、(3)式が成り立っている細分類業種の数が、成り立たない業種の数を大幅に上回っていることがわかる。すなわち、自主廃業まで淘汰の対象を広げると、1990年代以降、不自然な淘汰が多く起きていることが推測できる。

表2 存続企業と退出企業における生産効率の違い

注目すべきは、1990年時点においてすでに、多くの細分類業種において、存続事業所の労働生産効率が、退出事業者の生産効率を下回っている点である。資産価格の下落が始まったのが90年代に入ってから、かつ、不良債権の問題が顕在化したのは90年代半ば以降であるから、不自然な淘汰が金融機関の不良債権処理の先送りによって生じたと考えるのは無理がある。

1980年代半ば以降の急激な円高によって、労働生産効率が高く海外進出や事業転換の余力がある企業が、効率の低く前向きな行動を起こさない企業に先駆けて、他業種への転換や海外事業所への移転、他社への事業売却を行った可能性を指摘することができる。海外移転や事業転換、事業売却により、これまで効率の高かった日本国内の事業所が閉鎖される。もしくは、国内事業所が存続する場合でも、海外での工場建設に伴い機械設備や優秀な人材が海外に流出する結果、存続事業所の効率性が低下する。こうした現象が積み重なり、廃業事業所の労働生産効率が存続事業所の効率を上回るという、不自然な淘汰が起きている可能性がある8)。

5. まとめ

生産性の高い企業が参入・存続し、低い企業が退出するという正常な新陳代謝が働く経済であれば、開業率を高める施策には、正規雇用を増やす、全体の経済における生産性を高めるなど、さまざまな望ましい効果を期待できる。

しかしながら、「生産性の低い企業が退出し、高い企業が存続しているか」という点をデータに基づいて検証すると、実は、不自然な淘汰が多くの製造業業種で起きていることがわかる。すなわち、90年代を通じて、労働生産効率の低い事業所が多く存続する一方、効率の高い事業所が多く廃業している。金融機関による不良債権処理の先送りに伴ってゾンビ企業が残ったというよりも、業績が良く、海外展開や事業転換、事業売却などの積極的な行動を起こす企業経営者とそうではない経営者の姿勢の違いが影響した可能性がある。

日本経済における企業の廃業において、自然な淘汰が主流になるためには、海外展開や事業転換などを行う経営の積極性が、一部の生産効率の高い企業だけではなく、全体に広がることが求められる。折しも、政府では、成長力底上げ戦略の1つの柱として、中小企業の生産性向上が掲げられている。現状維持に陥りがちな中小企業、特に家族従業員などを主たる構成員とする小規模企業において前向きの経営が広まり、既存事業所の生産性向上や、先行き見込みに乏しい事業所の円滑な退出に向けた取り組みが行われることが期待される。

2007年8月号「経済セミナー」(日本評論社)に掲載

2007年8月号「経済セミナー」(日本評論社)に掲載

脚注
  • 1)本稿で、白書の内容紹介以外に述べられている見解は、必ずしも、白書執筆時に筆者が属していた経済産業省や中小企業庁のものではないことに留意されたい。
  • 2)日本と諸外国の開業率・廃業率を比較するのは、国によって定義が異なるために難しい。しかし、米国中小企業白書によれば、米国における開業率は約10%であり、かつ、開業率が廃業率を若干上回っている。
  • 3)この部分については、白書における記述(第1-2-33図)を参照のこと。
  • 4)実際、今回の景気回復局面においては、大企業における非正規雇用の増加が、労働市場全体の非正規雇用比率の増大に強く影響している。白書における記述(第3-3-14図)を参照のこと。
  • 5)Peek and Rosengren (2005)の分析対象は大企業であり、中小企業は含まれていないことに留意する必要がある。
  • 6)以下の記述のうち、デフォルトによる淘汰という定義に基づいた検証は、Sakai, Uesugi, and Watanabe (2005) が行っている。一方、自主廃業も含めた淘汰という定義に基づいた検証は、清水・宮川(2003)と本年の中小企業白書が行っている。
  • 7)白書では、q1とq3が統計的に有意に異なる場合に限った集計を行っており、清水・宮川(2003)との比較は行っていない。しかしながら、q1とq3が有意に異なるすべての細分類業種において、(3)が成立するとの結果を得ている。
  • 8)白書においても、事業所の廃業理由にまで立ち入った分析は行っていないため、以上の議論を補強するためのさらなる分析が必要となる。ただし、白書を対外的に説明する過程で、中小企業経営者の方などからも、「優良な中小企業ほど、環境変化に直面して、事業転換や海外進出、事業売却などを行う傾向がある」との指摘を受けた。
文献
  • 清水雅彦・宮川幸三(2003)『参入・退出と多角化の経済分析』、慶應義塾大学出版会。中小企業庁(2007)『2007年版中小企業白書』ぎょうせい。
  • Sakai, Koji, Iichiro Uesugi, and Tsutomu Watanabe (2005), “Firm Age and the Evolution of Borrowing Costs: Evidence from Japanese Small Firms,” RIETI Discussion Paper Series 05-e-026.
  • Peek,Joe and Eric S. Rosengren (2005),“Unnatural Selection: Perverse Incentives and the Misallocation of Credit in Japan,” American Economic Review, 95(4).

2007年10月31日掲載