危機からの出口に何が必要か 金融支援返済へ収益力改善

植杉 威一郎
ファカルティフェロー

2020年以降のコロナ禍の下では、中小企業に対してかつてない規模の貸し出し面からの支援措置が講じられた。実質無利子・無担保のいわゆるゼロゼロ融資が、民間金融機関と政府系金融機関により提供された。同時に持続化給付金、家賃支援給付金、雇用調整助成金などの補助金・給付金による支援措置が大規模に実施された点も特徴だ。

これらの資金繰り支援策は、全体として倒産減少を通じ既存企業の退出を大きく抑制する効果を持った。

現在の日銀短観の業況判断DIをみると、中小企業のDIの水準は、過去の危機時に提供された大規模な信用保証プログラムが終了した時期(01年3月、11年3月)を既に上回っている。政府系金融機関のゼロゼロ融資も9月末で終了しており、危機時の流動性供給を目的とする対応は徐々に平時に戻りつつある。

世界的なインフレや金融引き締めに伴う景気後退リスクは存在するが、コロナ禍に直接起因する流動性不足を金融により補う必要性は、中小企業全体をならしてみると薄れたといえる。

貸し出し面からの支援措置を利用した中小企業に残るのは、これまでに得た資金の返済義務だ。危機を乗り越え出口に至ったと言えるようになるには、措置を利用した中小企業がコロナ禍における一時的な業績の落ち込みから回復する必要がある。それにより資金の返済も可能になるためだ。

そこで貸し出し面からの支援措置を利用した中小企業における負債の返済可能性について検証する。20年11月までに措置を利用した企業に焦点を当て、本田朋史・一橋大研究員、細野薫・学習院大教授、宮川大介・一橋大教授、小野有人・中央大教授と筆者が進めている研究に基づき確認する。

◆◆◆

コロナ禍で講じられた政府系や民間によるゼロゼロ融資利用の決定要因をみると、いくつかの特徴がある。

第1に申請要件を満たす中でも、コロナ禍以降の売上高の落ち込み幅が大きい企業やコロナ禍以前から信用リスクが高い企業ほど、支援措置を利用する傾向にある。当座のショックが大きいだけではなく以前からパフォーマンスが悪い企業ほど、支援措置の対象となっていたことを意味する。

第2に金融機関の支援なくしては事業存続が難しいゾンビ企業は、非ゾンビ企業よりも政府の支援措置を利用する傾向にある。これは、われわれと同様に20年11月までに支援措置を利用した企業を分析した先行研究での結果とは異なる。結果の違いはゾンビ企業を特定する基準の違いに起因する。今回用いた基準で特定した企業は、実際に条件変更など金融機関の支援をより高い割合で受けていたことがわかっており、本来のゾンビ企業の定義に近い。

こうしたリスクの高い企業やゾンビ企業による支援措置の利用は問題なのだろうか。これらの企業が政府の支援措置を多く需要するのは自然であり、正の正味現在価値(Net present value=NPV)を有する企業である限り、政府が企業への支援措置を提供することには妥当性がある。

またいったんゾンビ基準に当てはまる場合でも、その状態から脱却する企業も多いため、必ずしもゾンビ企業による支援措置の利用が、回復見込みのない企業に対する延命支援というわけではない。さらにコロナ禍のような緊急時には、支援に値する企業が支援を受けられないリスクへの対応が、支援を得るべきではない企業が支援を受けるリスクへの対応よりも優先するという考え方があり得る。

しかし政府による支援措置を利用した企業のパフォーマンスが悪化するということであれば、様相は異なる。そこで次に措置の利用後1年間で、現預金比率、負債比率、ゾンビ企業が占める比率、信用調査会社の算出する評点、退出率などの指標がどの程度変化したかを観察した(表参照)。

表:貸し出し面からの支援措置利用が事後のパフォーマンスに及ぼす効果

支援措置利用企業は、非利用企業に比べて退出率が一定程度抑制されており、貸し出し面からの支援措置が実際に利用した企業の退出を防いだという点が明らかになった。また負債比率と現預金比率の上昇幅は利用企業で大きい。今回のゼロゼロ融資が無利子という好条件であったため、とりあえず予備的に借りて手元に資金を置いておくという行動が多くみられた。

支援措置利用企業で負債比率と現預金比率の上昇幅が同時に高まっていることは、こうした企業行動を反映しており、過去の危機時に信用保証制度を利用した企業の行動とは異なる。現預金増加に見合う分に限れば、負債の返済は比較的容易だと考えられる。

一方で、信用評点をはじめとするパフォーマンスの低下幅は、利用企業が非利用企業を上回る。また金融機関の支援がなければ事業の存続が難しいゾンビ企業の比率についても、利用企業で増加幅が大きい。支援措置利用後1年という短い期間での評価ではあるが、この傾向が今後も続くか強まるようであれば、利用企業の業績低迷は続き、負債の返済可能性も低下する。

実証分析の結果は、政府の貸し出し面からの支援措置は流動性危機の回避には役立ったが、その後の企業業績回復を通じた支払い可能性の改善に必ずしもつながっていないことを示す。

◆◆◆

では中小企業金融で講じられた支援措置が出口に至るには何が必要だろうか。貸し出し面からの支援を得ていた企業に求められるのは、事業再構築を通じた収益力改善や事業再生に向けた努力だ。ただコロナ禍の下では、不確実性の高まりから企業が様子見となり経営上の大きな変化を避ける傾向にあると指摘される。

そこで民間金融機関のゼロゼロ融資を債務保証した信用保証協会や、ゼロゼロ融資を直接提供した政府系金融機関の積極的な関与が求められる。信用保証協会では利用先の事業再生に積極的に関与する先進的なところとそれ以外との差が大きいとか、政府系金融機関については私的整理に際して債権放棄に応じにくいと指摘されることがある。

特に民間金融機関の役割は重要だ。われわれの分析では、コロナ禍の下で貸し出し面からの支援措置を利用する企業は、メインバンクとの結びつきが強いことがわかっている。取引先の状況をよく知るメインバンクがゼロゼロ融資などの支援措置利用を勧めたのであれば、これらの民間金融機関には収益力改善や事業再生に向けた助言をする比較優位があると思われる。

もう一つ重要なのは、政府が金融機関に求める金融支援の節度だ。政府は、金融円滑化法の期限後も金融機関は引き続き円滑な資金供給や貸し付け条件の変更に努めるべきだと強調している。毎年度末に呼びかけられる資金繰り支援の徹底要請と相まって、貸し手側の金融機関と借り手側の企業双方に、収益力改善や事業再生の努力がなくても資金繰り支援が提供されるという誤ったメッセージを送っているようにもみえる。

企業側の経営努力があって初めて、コロナ禍の下での中小企業金融支援に出口が見えるという共通認識を持つことが必要だろう。

2022年10月25日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2022年10月31日掲載

この著者の記事