近づく「金利のある世界」 不振企業、抜本的リストラを

植杉 威一郎
ファカルティフェロー

日銀によるマイナス金利政策の終了が近いとの観測が強まる中で、「金利のある世界」への復帰が経済の各方面にもたらす影響について関心が高まっている。借入金利の上昇に伴い企業経営が困難になるのではないかという論点もその一つだ。本稿では中小企業に焦点を当て、金利が上昇する環境で中小企業が直面する経営の問題点を考える。

最初の論点は中小企業全体への影響だ。企業が金利上昇の影響を受けそうな有利子負債を、どの程度バランスシート上に持っているかという点が問題になる。

法人企業統計調査によれば、1990年代後半以降、金融機関借り入れや有利子負債が企業の総資産に占める比率は低下を続け、ゼロ金利政策が解除された2000年度および06年度の時点と比べ低い水準にある。コロナ禍に対応するための大規模な資金繰り支援により、資本金1千万〜1億円の中小企業での金融機関借入比率は20年度に高まったが、全体の低下傾向を変えるほどのものではない。

例外は資本金1千万円を下回る零細企業だ。金融機関借入比率は10年代に上昇を続け、現在は00年度の水準にほぼ等しい。ただ、この規模の企業が法人企業統計全体の資産や借入総額に占める比率は1割前後だ。

利益水準が以前とほぼ変わらない点を踏まえると、過去の金融政策引き締め時に比して、金利上昇幅が同程度ならば、中小企業全体への金利支払い負担増の影響は小さいと見込まれる。

第2の論点は多くの債務を抱える中小企業への影響だ。特に金融機関による支援がなければ事業の存続が困難な企業の場合、借入金利の上昇による返済負担の増え方は大きく、財務危機に陥る確率も高まる。

財務危機状態に近い中小企業がどの程度あるかという点については、日銀が22年3月に公表したワーキングペーパーが参考になる。複数の基準で「業績が悪くて回復の見込みがないにもかかわらず、銀行等の支援によって存続している可能性がある企業」を特定し、それらが中小企業全体に占める割合を求めている。これらを見る限りでは、中小企業で財務危機に陥りそうな企業の割合はコロナ禍前までは高まっていない。

一方でコロナ禍では、以前から財務状況が悪い企業が実質無利子・無担保のゼロゼロ融資をはじめとする支援措置を多く利用した。これら企業の業績回復の遅れは、財務危機に陥る企業を増やすことにつながる。金利の上昇は、22年以降増加に転じている破産や民事再生法の件数をさらに押し上げることが見込まれる。

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多くの債務を抱える中小企業を巡る注目すべき変化は、過去の金融引き締め時と比べ、企業が財務危機に陥り事業再生に踏み出した場合の債務リストラの手法が多様化した点にある。

債務リストラには、民事再生、会社更生、破産など裁判所が関与して全債権者が参加して進める法的整理と、主に金融機関と企業の間で裁判所が関与せずに進められる私的整理の2種類がある。法的整理は破産を中心に引き続き多く用いられている。一方で私的整理、特に公的に手続きが定められたいわゆる準則型私的整理がこの20年間で多く利用されるようになった。

私的整理ならば、取引先に知られず事業を継続しつつ債務リストラを進められるほか、法的整理よりも費用を節約できる。また私的整理の計画策定を支援する仕組みも整っている。中小企業の私的整理を含む事業再生を支援するため、03年には各都道府県に中小企業再生支援協議会(現中小企業活性化協議会)が設置され、弁護士や公認会計士などの専門家が再生計画の策定を支援している。近年では、活性化協議会が計画策定を支援する準則型私的整理の件数は再生型法的整理の件数を大きく上回る。

だが限られた当事者間で進行するため、私的整理の実態や企業に及ぼす影響はこれまで実証的に明らかになっていなかった。私的整理における債務リストラには、一時的に元本支払いを繰り延べするリスケジュール(リスケ)から、返済を免除する債権放棄まで幅広い種類がある。リスケと債権放棄をどう使い分けているのか、またいずれが企業の事後パフォーマンスを改善するのかなど、明らかになっていないことが多い。

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これらの点を明らかにすべく筆者は、小野有人・中央大教授、本田朋史・神戸大特命准教授、安田行宏・一橋大教授と共同で、活性化協議会が公表する匿名だが具体的な私的整理の内容に関する公表データなどを用いて、準則型私的整理を利用した企業約1万社の特徴、利用企業の事後パフォーマンスを分析している。その結果を紹介しよう。

第1に準則型私的整理における抜本的な債務リストラは少ない(表参照)。再生計画の内容をみると、9割以上の企業がリスケをした一方、債権放棄などの抜本的な措置をとった企業は1割強にとどまる。また私的整理に伴う経営者などの取り組みでは、6割以上の企業が役員報酬を削減した一方、退任、減資、私財提供といったより重い経営責任(抜本的な経営リストラ)をとる企業は2割程度だ。

表:2008年から18年にかけて中小企業再生支援協議会

第2に抜本的な債務リストラをする企業では、黒字だが債務超過に陥る企業が多く、過剰債務問題(デットオーバーハング)に関する理論的予想と整合的だ。理論では、正味現在価値が正の投資機会を持っていても債務超過により資金調達に支障が生じている企業に対しては、既往債務の減免が借り手・貸し手双方にとって望ましいと予想する。

また、私的整理を行う企業の主要取引金融機関が信用金庫や信用組合である場合には、抜本的な債務リストラが実行される確率が低い。この結果は、規模の小さい金融機関ほど、より踏み込んだ措置を伴う私的整理をするための経営資源が乏しい可能性を示唆する。

さらに私的整理後の企業のパフォーマンスの変化を調べたところ、抜本的な債務リストラをした企業は、リスケのみの企業に比べて売上高、利益ともに改善していた。抜本的な債務リストラを伴う私的整理がデットオーバーハングの解消を通じて、事後的な企業パフォーマンスの改善につながったことを示している。

現在の分析結果は、推計の内生性を十分には制御しておらず、金融機関がパフォーマンスの高まりそうな企業を選び抜本的な債務リストラを認めている可能性はある。だがこの結果が因果関係を意味するものならば、私的整理でリスケよりも抜本的な債務リストラを増やすような取り組みが望ましいということになる。金融機関の経営資源不足や経営陣の姿勢が抜本的な債務リストラを妨げる要因ということならば、行政による補完・是正に意味がある。

コロナ禍で提供されたゼロゼロ融資の返済が本格化する中での金融政策の転換は、中小企業の債務リストラへの需要を高める。私的整理についても、その決定要因や効果、法的整理との関係を検証しつつ、企業の新陳代謝を適切に促すような制度設計が求められる。

2024年3月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2024年3月14日掲載

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