政治主導と官僚制の行方 英、官僚の中立性を守る工夫

内山 融
ファカルティフェロー

藤田 由紀子
学習院大学教授

1990年代以降進んだ政治改革と中央省庁改革の結果、21世紀の日本政治では政治主導ないし官邸主導の体制が定着した。小泉政権の下で首相官邸が政策決定を主導する体制が導入され、民主党政権でも「官僚主導の打破」が掲げられた。そうした傾向は第2次安倍政権で一層顕著となった。2014年の内閣人事局設置は、首相官邸の各省官僚に対する影響力を決定的なものにしたとされる。

政治主導・官邸主導の強化を目的とする日本政治の改革の多くは、英国政治をモデルとして立案された。政治改革における小選挙区制導入の主張は、英国型の政党中心で政権交代可能な政治を日本でも実現したいという企図に支えられた面が大きかった。また「国家戦略局」構想に代表される民主党政権での政治主導の種々の試みも、英ブレア政権における官邸主導の仕組みを見習ったものだった。

そこで本稿では、英国の政官関係と公務員制度改革を取り上げることで、日本の政治主導と官僚制に与える示唆について考えたい。

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英国の政官関係を考えるうえでは、政策決定面と人事面を区別することが重要だ。政策決定では、官僚に対する大臣の主導が確保されている。ただしそれは、大臣が官僚に対し一方的に指示を出すといった単純な形ではない。大臣の方針に対し官僚が必要な質問を提起しつつ政策の詳細を組み立てていく。換言すれば、大臣と官僚との対話により政策が形成されるのだ。最終的には大臣の判断により政策が決定される。

一方、官僚人事における大臣の権限は限定的だ。事務次官人事をみると、14年以前は中立の機関である国家公務員人事委員会(Civil Service Commission)のパネルが候補者を1人選定し首相に推薦していた。首相が候補者を拒否した場合は選考プロセスがやり直しとなるので、首相はほとんどの場合承認していた。

だが政策決定における大臣の責任の大きさに比べて人事権が小さいことに与党内で不満が生じた。そこでキャメロン政権下で制度改革がなされ、14年12月以降、事務次官人事では国家公務員人事委員会が推薦した複数の候補者の中から首相が指名することとした。

こうした改革後も、官僚人事における政治側の権限は大きなものではない。実際には候補者を選定する段階で官邸や各省大臣の意向が考慮されるとの指摘もあるが、政治側が自由裁量で事務次官を任命できるわけではない。内閣人事局設置後の日本の官邸の人事権限に比べると、英国でははるかに限定されている。

英国では人事における政治の影響力が一定程度高められているが、基本的に官僚の中立性(不偏性)が維持されている。しかも政治側も官僚の中立性の重要性を十分に認識している。

官僚の中立性はEBPM(証拠に基づく政策形成)の有効性にも関わってくる。英国政府ではブレア政権以降、EBPMが定着している。EBPMには官僚の専門性を活用することが不可欠であり、それには官僚が中立的な立場から政策の選択肢について大臣に助言できる仕組みが必要だ。

図:日本と英国の公務員制の比較

とはいえ、英国の政官関係が万全というわけではない。実際、表面化している問題も多い。23年4月には、官僚に対する「いじめ」の問題でラーブ副首相兼法相が辞任するという事件があった。その背景として大臣と官僚の間に不信が広がっていることが指摘される。英紙タイムズによれば、大臣側は官僚の能力に疑問を抱く一方、官僚側は大臣が進めようとする政策について性急であり不備があると考えているようだ。

欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)後の英国政治の混乱を受け、スナク首相は就任後最初のスピーチで「品格(integrity)、プロフェッショナリズム(professionalism)、説明責任(accountability)を政府に取り戻す」と約束した。政官関係でその成果が出せるかが問われる。

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英国の公務員制度に関するもう一つの注目点として、官僚の専門性を高めるための制度改革が進められてきたことが挙げられる。

官僚制は垂直型の組織構造を基本とするが、英国の公務員制度改革の特徴はそうした官僚制組織に府省を横断する水平型のネットワークを導入したことだ。ブレア政権では政策立案に携わる「政策職」を含む「専門職(プロフェション)」、キャメロン政権では財務、人事、広報など主要な機能を担う「ファンクション」を導入した。職員は府省などに属するとともにこれらの府省横断型ネットワークにも属することができる。

現在は28の専門職と14のファンクションが置かれている。専門性の定義や職務の目的、求められる能力と基準の設定、キャリアパスなどを示し、多様な研修の機会を提供することで、メンバーの専門性向上とキャリア構築、各省業務の効率的な実施を支援する。

この10年間で英国政府が特に注力してきたのは、商務(調達、契約管理など)、プロジェクト執行、デジタルデータテクノロジーの3つのファンクションだ。これは緊縮財政の下で節約と効率性の向上を奨励してきた政府の方針を反映する。

これまでのところ、ファンクションによる各省への専門性支援により業務の効率性が向上し費用が節約された、緊急・非常時にファンクションが府省横断的対応のためのインフラの役割を果たした、といった効果が認められている。

英国の公務員は人事部門の決定による定期異動はなく、各自が空席ポストの公募に応募する形で異動が実施されるため、主体的にキャリアを形成する必要がある。全府省に共通する業務・スキルの基準や専門能力の認証制度が導入されたことで府省間異動が容易になり、より幅広く柔軟なキャリア形成が可能になったという。水平型ネットワークは官僚の能力向上のみならずモチベーションや自律性の向上にも寄与している。

府省制度という垂直型の官僚制組織構造の中に水平型ネットワークを導入するのは容易ではない。英国でも試行錯誤は続いており、修正を重ねながら制度構築を行っている。両者が有機的に結節し協働するためには、変革や多様性を受容できる組織文化も鍵となる。

より良い政策形成のためには、大臣の方針に対し官僚が一定の自律性を持ちつつ、中立的な立場から専門的知見に基づく助言ができることが重要だ。英国では国家公務員人事委員会や府省横断型ネットワークがそうした中立性・専門性を支える役割を果たしてきた。

日本の公務員制度改革でもこうした観点が取り入れられることが期待される。例えば幹部官僚の任命に際して独立したパネルによる審査の制度を設ける、専門ごとに全政府的なネットワークを構築して専門性の育成を図る、といったことが検討されてもよいだろう。

2023年10月3日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年10月11日掲載

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