ギグワーカー、満足度高く

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

フリーランサーやネットで単発的な仕事を探すといった雇用されない働き方が、近年ますます注目されるようになっている。米ウーバー・テクノロジーズなど各種プラットフォームの隆盛がこのような働き方を急拡大させていると同時に、コロナ危機はこのような働き方に対し通常の雇用者よりも大きな負の影響を与えている。

しかし、こうした働き方の実態は、経済学においても十分な解明が進んでいない。本稿では海外の調査・分析を中心に、現時点で明らかになっている特徴やその意味について検討してみたい。

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雇用関係のない働き手は通常、自営業者に分類され、自身は従業員を雇っている者と単独で業務を行っている者に分けることができる。本稿で取り上げるのは後者のタイプであり、単独自営業者と呼ぶことににしよう。この単独自営業者の中でも、ライドシェアリング(相乗り)の運転手やテイクアウトのデリバリー配達員などプラットフォームに関わる業務を行っている者を、ギグワーカーと呼ぶことにする。

経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、英国、米国ではそれぞれ就業者全体の14%、10%が自営業者であり、両国ともその8割前後を単独自営業者が占めている。また、OECDの既存研究サーベイによれば、ギグワーカーは欧米では就業者の1~3%程度を占めている。こうした自営業者はコロナ危機以降、より苦境に陥っている。英オックスフォード大学のアビ・アダムズ・プラッセル准教授らが行った英国での調査では、2020年3月時点で前週に比べて賃金が低下している者の割合は、給与が毎月支払われる雇用者が4分の1、自営業者は4分の3だった。

また、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのステファン・マシン教授らが行った英国の調査で、20年4月の自営業の週労働時間は前年同月の平均31~40時間から11~20時間へ、月収は1千ポンド(約14万円)以下の者の割合が6割超と前年から2倍に拡大していることが明らかになった。

いま、先進国の多くで自営業者へ特化した緊急的な対策が講じられるともに、雇用されている者が享受している様々な社会的保護の仕組みがない自営業者に対する新たな仕組み作りも活発に議論されている。最低賃金、社会保険、労働保護など論点は多岐にわたり、検討はまったなしだ。

しかし単独自営業者に対してはデータの制約もあって、その働き方の特徴が十分理解されないまま、こうした議論が先行してしまっている感も否めない。

懸念されるのは、議論が「単独自営業者のような働き方は『悪い働き方』であり、制限しなければならない」という方向に流れやすいことだ。単独自営業者の欧米における実態を把握するためには、伊ボッコーニ大学のティト・ボエリ教授らの20年の論文が参考になる。彼らは比較可能な米英伊のサーベイ調査を用いて、3カ国に共通した単独自営業者の特徴を指摘している(表参照)。

図:英国、米国、イタリアの単独自営業者の状況

まずは、望ましい水準ほど働けていないという「過少雇用」の状況にあることだ。週労働時間は通常の雇用者平均(40時間程度)よりも短く、従業員を持つ自営業者がむしろより長いこととは対照的だ。週労働時間が35時間以内であるパートタイムの割合も半分近くと高く、より長い時間働きたいと希望している者の割合は3分の1近くにまで達している。教授らは、こうした過少雇用の状況を踏まえ、単独自営業者は「雇用者と失業者の中間的な存在」であると論じている。

一方で、以下の利点も指摘されている。

第1は、単独自営業者の働き方の柔軟性である。英調査では、単独自営業という働き方を選んだ理由としては、最も高い割合にあるのは柔軟性であり、自宅での仕事を希望、などが続き、他に選択肢がないと答えた者は1割程度と少ない。

また伊調査では、単独自営業者の中でもギグワーカーの場合は、過少雇用などの傾向はさらに強い一方、柔軟性もより高く、3分の2が自由に働く時間を選べ、8割が自由に働く場所を選べると答えている。

第2は、所得ショックに対して自己保険メカニズムがあることだ。伊調査では、ギグワーカーはその所得のみに頼っている人は16%と少なく、一時的な必要性や足りない分の補填のために働いている者が多く、両者を合わせると8割に達している。働き方の柔軟性ゆえに兼業・副業が行いやすいという側面があるのだ。また、3カ国とも労働の遷移状況をみると、「単独自営業者になった人は雇用者よりも失業者からの方が多い」といった特徴も自己保険メカニズムを裏付ける結果だ。

第3は、上記のようなメリットを反映して、賃金が低くとも仕事満足度が高いことだ。英では8割、伊でも6割近くが仕事に満足と答えている。

こうした単独自営業者のメリットは、ライドシェアに関わるギグワーカーに的を絞った分析でも指摘されている。米プリンストン大学のアラン・クルーガー教授らのウーバーの分析では、運転手は兼業・副業が多く、就業時間の柔軟性が就業の理由であり、所得を平準化したいという希望を持つことを示した。

柔軟性という観点では米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のキース・チェン教授らが、ウーバーの運転手は就業のタイミングや時間を自由に調整できることでそうした調整の難しい仕事に比べ、2倍も利益を感じていることを明らかにしている。満足度という視点では、英オックスフォード大学のカール・フレイ博士らは、ロンドンのウーバーの運転手を対象に、彼らの賃金が低い割には他の就業者に比べて生活満足度が高いことを示し、その要因としてやはり働き方の柔軟性の高さを強調している。

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さらに、所得ショックへの保険という観点では、米シカゴ大学のデミトリ・クースタス助教が、ライドシェアリングの運転手のデータを使い、そうした職に就く者はもともと借金の水準やクレジットカード利用率が高いが、この仕事に就くことでそれまでの所得減の73%を取り戻していることを明らかにしている。

米ボストンカレッジのヴャチェスラフ・フォス准教授らの分析では、解雇された雇用者はウーバーの運転手になることで失業保険への依存を下げることが可能になり、次の正社員の仕事を見つけるまでのセーフティーネット(安全網)の役割を果たしていると指摘している。

働き方における柔軟性と安定性のトレードオフ(相反)に対して、どう折り合いをつけるか決まった答えがあるわけではない。単独自営者の満足度などの主観的ウェルビーイング(身体、精神、社会的に良好な状態)に着目しながら、さらなる分析が求められている。

2021年1月12日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2021年2月10日掲載

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