ビデオ会議、対面に代わるか

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

新型コロナウイルス危機以後、世界的にテレワークが強制的に導入され、普及が進んだ。その背景にはこれまでの電子メールやクラウドを活用したファイルなどの共有とともに、ズームなどのビデオ会議の利用が急速に増えたことが挙げられる。パソコンの画面上で、仮想的な職場を再現することも容易になっている。

その半面、テレワークの課題も明らかになってきた(図参照)。多くは準備不足によるインフラの欠如である。しかし、仕事は職場に来て対面で行うのが最善と考え、テレワークに否定的な経営幹部も少なからずいるようだ。本稿では、対面接触をビデオ会議などのリモートツールでどこまで代替できるのか、対面接触でしかできないことは何かについて考えてみたい。

図:テレワークの課題

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対面接触の経済学ともいうべき分野の第一人者としては、経済地理学者であり、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のマイケル・ストーパー教授が挙げられる。2004年の共著論文では、経済における対面接触の4つの特徴について述べている。

第1は情報伝達技術の側面である。対面接触であれば、対話は高頻度かつ瞬時のフィードバックが可能だ。これは電子メールと対比すれば明らかである。また、文字や数式などにより成文化された情報のみならず、不確実な環境下で、複雑で言葉にできない、また、やりとりする人々の間でのみ理解できるような文化・文脈依存型の情報、つまり、暗黙知ともいえる情報も伝達することが可能となる。これは会話のみならず、表情、ボディーランゲージ、握手などの肉体的接触による多面的な情報伝達が可能になるためだ。

第2はモラルハザード(倫理の欠如)などの機会主義的な行動を抑制し、信頼関係を築くという側面である。面と向かって嘘は言いづらいし、対面接触によって相手を注意深く観察し、動機、意図、本音をより正確に察することができ、共通の理解や親近感が生まれる。また、対面接触は、関係構築に時間、お金、努力などの目に見え、関係解消で戻ることのないコストがかかるため、関係を継続させるコミットメント(約束)と解釈できる。

一方、情報伝達にほとんどコストがかからない電子メールの場合、こうした関係構築効果は弱いといえる。初対面の人に何かお願いするなど関係性を一から構築しようとする場合、対面での訪問を求めるのはこうした理由からだ。

第3はスクリーニング(ふるい分け)とソーシャリゼーション(社会の規範や価値観を学び、社会における自らの位置を確立すること)の側面である。対面接触はコストが高いだけに、そうした接触が必要なグループのメンバーを選ぶには、試験や資格要件だけではなく、仲間内でのみ共有できるようなローカルで文脈依存的な暗黙知が欠かせない。また、こうしたグループのメンバーとして認められるためには、お互いを良く知り、広く共通した背景を持つためのソーシャリゼーションが必要となる。家族、学校、企業にかかわらず、こうしたソーシャリゼーションは対面接触によってこそ可能となる。

第4は対面接触の際のパフォーマンスで得られる快感の側面である。例えば、プレゼンテーションで自分がその場にいる誰よりも優れていることを示したいという競争心・ライバル意識を生む効果だ。

ストーパー教授らは、対面接触が分業にまつわるコーディネーション(調整)やインセンティブ(誘因)の問題を解決し、ソーシャリゼーションが組織のメンバーをスクリーニングすること、また、競争心をあおるような動機を与えるといった上記の特徴を一体的に捉えて、こうした環境を「バズ」(人々の会話のざわめき、ワイガヤ)と名付けた。そしてこれが都市、産業、イノベーション(革新)の集積の根幹的な要因であることを強調した。

それでは、こうした対面接触がビデオ会議の普及でどの程度代替されるであろうか。例えば、経営心理学では、同じ場所で協業する対面型チームと距離的に離れて協業する仮想型チームの成果比較はかなり研究の蓄積がある。それを調べた米デューク大学のラドスティナ・プルバノバ教授の論文によれば、実験調査では概して仮想型チームの成果が低い一方、企業の現場調査では逆の結果が出ているなどまちまちだ。ただ、一連の研究には問題点がある。仮想チームの情報伝達手段が電子メールであり、ビデオ会議の利用はわずかであったことだ。

情報伝達手段の違いによる影響という観点では、実験経済学が専門の独デュイスブルク・エッセン大学のジャネット・ブロジック教授らの一連の研究が参考になる。教授らは4人で10回繰り返されるゲームの実験を行い、協調が達成されるかをみた。対面接触で行った場合に比べ、顔が見えない電話会議では協調達成は低かったが、ビデオ会議の場合は対面接触と遜色がないことを明らかにしている。対面接触と電子メールとの対比では、明らかに前者の方が協調達成されやすいことが既存研究でも明らかとなっているので、顔が見え、リアルタイムでやりとりのできるビデオ会議は、その他の情報伝達手段と比較しても、本質的に異なる可能性が示唆される。

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ビデオ会議が対面接触にどこまで迫ることができるかについては、今後の研究の進展を待つ必要があろうが、現時点では以下のことが指摘できる。

まず第1に、情報伝達の手段という点ではビデオ会議は成文化しにくい暗黙知や表情、ボディーランゲージなどをかなりの部分伝えられることだ。そもそも若者のスマートフォン活用をみれば、複雑な文脈依存型の情報の交換はデジタルな世界でも十分可能なことが分かる。また、信頼関係の構築やメンバーを選ぶためのスクリーニングも、オンライン面接でみられるようにかなりの部分がビデオ会議で代替可能と考えられる。ビデオ会議を使う側の意識改革が重要であろう。

一方、コストをかけて対面接触することで関係の「絆」をつくるという機能は、コストという面では逆に効率的であるビデオ会議で代替することはできない。しかし、コロナ危機で対面接触のコストが様々な意味でかなり高まってしまった状況を考えると、こうした関係構築手法が見直される可能性もある。

対面接触の役割で代替が最も難しいと考えられるのは、ソーシャリゼーションである。新たな組織のメンバーとなり、そこでの価値観や流儀を学びながら仲間になっていくプロセスを、ビデオ会議で実現するためのハードルは相当高そうだ。これは、今年の社会人1年生や大学1年生が、まさにいま直面している困難である。それをどう乗り越えていくか、我々のアイデアと技術を活用する知恵が問われている。

2020年9月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2020年10月23日掲載

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