AI時代のスキル 見極めを

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

人生100年時代、AI(人工知能)時代といわれる。70~80代までの就業を見据えながら、こうした急速な社会の変化に適応していくためには、適時・適切な学び直しとともに、時代が求めるスキル形成に向けた不断の取り組みが必須となるだろう。

また、現在の新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の事態で明らかになったのは、日本におけるデジタル化、ICT(情報通信技術)、ビッグデータ、AI徹底活用の遅れである。日本が誇る情報の伝達・共有などにおける「人力」の高い優位性が、新たなテクノロジーの積極的な受け入れの大きな妨げであることが浮き彫りになった。

これは「イノベーション(革新)のジレンマ」の一例ともいえよう。ポスト・コロナにおいて日本が新たな飛躍を目指すためには、我々が新たな技術をフル活用できるようなスキルを習得し、そのための教育をどう構築していくかが大きな課題となる。

こうした問題意識に応えるため、本稿では、経済産業研究所が2019年に実施したウェブアンケート調査「全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査」を使い、筆者が久米功一氏(東洋大学)、佐野晋平氏(神戸大学)、安井健悟氏(青山学院大学)と共同で行った研究を紹介したい。

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本調査の特徴は2つある。まず、就学前から現在に至るまでの様々な学校、家庭、企業における取り組み・経験および認知能力(学力テストで測れる能力)、非認知能力(個人的な性格の特徴)を含むスキル・能力の形成・活用に関して、かなり幅広い分野にわたって包括的な調査をしていることである。

取り組み・経験(以降、経験で代表する)とは教室や職場に限らず、就学前教育、習い事、中学受験、部活動、留学、自己啓発などを含む。スキル・能力(以降、スキルで代表する)とは前述の認知・非認知以外に、仕事の習熟度、社会人基礎力、英語、IT(情報技術)なども含む。

もう一つは、アンケート調査では把握が難しい認知能力について、回答者の一部に経済協力開発機構(OECD)がネット上で有償で提供している「教育とスキルに関するオンライン評価テスト」(全102問で5段階、読解力、数的思考力を測定するもの)を追加的に実施、より把握の精度を高めた点である。

ここでは職業人生の成果(アウトカム)を示す代表的な指標として、賃金(時間当たり)に着目した。そして多くの分野において、調査項目とした経験やスキルの有無、違いと賃金に関係があることが分かった。

様々な経験を積み、スキルを伸ばすことは職業人生で成果を上げることにつながる。当然だ、知っていると思うかもしれないが、調査に基づくエビデンス(証拠)により示されたということが重要だ。また、どのような経験、スキルがより必要か見極めることができる。以下では、結果をさらに深堀りし、得られた知見をいくつか紹介したい。

第1は、就業前の経験と賃金の関係をみると、男性と女性に明確な差異があることだ。男性の場合、(1)就学前に保育園よりも幼稚園に行った(2)中高の課外活動でリーダー経験がある(3)入学した大学の難易度(偏差値の主観的評価)が高い――といった層が、そうでない層に比べ賃金は高く、グループ間で有意な差がみられた。女性の場合はそのような傾向は弱く、統計的に有意な差はみられなかった(図1参照)。

図:1.大学難易度別平均時給/2.読解力・数的思考力テスト(OECD)のスコアレベル別平均時給

また男性の場合、大学の出身学部間でも賃金に有意な差がみられたが、女性にはみられなかった。こうした結果が、就業前までの経験が、女性については職業人生の成果に反映しにくい可能性を示唆しているとすれば、女性の就業機会拡大や労働市場での評価の適正化が求められているといえよう。

第2は、先に紹介したOECDの認知能力のテストの結果をみると、賃金との正の相関は読解力より数的思考力の方が高いことがわかる(図2参照)。これは、本調査において男女とも高校時代の得意科目が理数系である者の方が国語などを得意とする者より相対的に賃金は高いこと、IT利用に必要なスキルのレベルと賃金に強い正の相関があることとも通ずる部分がありそうだ。今後、AI・ビッグデータを縦横無尽に使いこなせることが要求される時代を考えると、こうしたスキルへの需要はさらに高まりそうだ。

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第3は非認知能力、すなわち性格的な特徴についてである。代表的な指標であるビッグファイブをみてみると、「協調性」を除き、「外向性」「勤勉性」「情緒安定性」「経験への開放性」は賃金と正の相関がみられた。しかし、安井氏が中心に行った他の非認知能力の影響なども同時に考慮した追加分析では、様々なケースにおいてもおおむね賃金と正の相関を持つ非認知能力として残ったのは、「外向性(社交性・積極性)」と「自尊心」であることも分かった。

「自尊心」はビッグファイブの中で「情緒安定性」の一側面と捉えられ、海外での研究でも賃金との正の関係が確認されている。また、我々の調査では以前から職業人生の成果との関係の強さを指摘されてきた「勤勉性」との相関もかなり高く、妥当な結果である。

一方、「外向性」は海外の研究では賃金には有意な影響を与えないことが多く、日本の特徴といえるかもしれない。大部屋で「同じ釜の飯を食う」的な、従業員間の密接な調整が要求される日本のメンバーシップ型(人に仕事を割り当てる)雇用システムにおいては、外向的性格が重要な個人的形質と評価されている可能性もある。

また、非認知能力については、これまで認知能力と連関すると指摘されてきたが、我々が使用した様々な認知能力と非認知能力は、ほとんど相関していなかった。賃金という成果指標に限ってみれば、それを高めるためには、認知、非認知能力をそれぞれ別個に伸ばすことが重要であると明らかとなった。

ただ、非認知能力の中でも「協調性」、すなわち、相手のことを思いやる力については、追加分析では女性(特に、高賃金者)において、賃金と負の相関があることが確認された。これは海外の研究とも整合的である。協調性の高い人は他人を喜ばせるために自己を犠牲にすることもあるし、自分のために交渉することはできないから、という解釈もされている。

その一方で、AI時代には、集団を構成する各メンバーの感情を理解できるようなソーシャル・スキルが重要になるとの説もある。今後、労働市場で求められる非認知能力も変わってくるかもしれない。さらなる分析が行われ、個人の経験、スキルと職業人生の成果との関係への理解が深まることを期待したい。

2020年5月11日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2020年6月19日掲載

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