働き方改革と生産性向上 従業員の理解、業績に直結

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

日本経済新聞グループでは、多様で柔軟な働き方やイノベーション(技術革新)を通じた企業の生産性向上を後押しするため、「日経スマートワーク」プロジェクトを2017年から推進してきた。その一環として学識経験者らが参画した「スマートワーク経営研究会」が19年7月に最終報告として「働き方改革、進化の道筋」を公表した。

18年6月に公表した中間報告(同年7月2日付本欄で紹介)では、働き方改革と生産性向上を両立させるためには何が必要かを考察、分析し、両者は十分に両立が可能であることを強調した。最終報告では中間報告の立場をさらに深め、企業業績を向上させるためにはどのような取り組みが有効か、以下の3つの視点から考察した。

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第一は、より両者の因果関係に着目した分析である。中間報告では企業の人材活用の実態・関連施策と業績の相関関係には言及できても、データの制約により業績への因果関係については不十分な部分もあった。最終報告ではその点を改善し、同報告第2章では因果関係が推定できる手法を新たに用い、どのような人材活用・働き方改革関連施策が企業業績を向上させるかを示した。

具体的には、過去2年分の「スマートワーク経営調査」に回答のあった企業を対象に、企業の働き方、特に人材活用に関連する施策の実施の有無が業績(生産性と利益率)に与える影響について差分の差(DID)分析の手法を用い、企業固有の効果を検証できるモデルにより推計した。

その結果、時間当たりで計測した労働生産性については、「職務限定正社員」と「フレックスタイム」の導入が正の効果を与えていることがわかった。正社員の多様で柔軟な働き方は、時間当たり労働生産性の向上に寄与していた。

総資産利益率(ROA)、自己資本利益率(ROE)については、女性や高齢者の活躍に関する施策がプラスの影響を与えることが示されたが、いくつかの先行研究で指摘されている通り、労働費用の節約による利益率向上の効果が一部含まれている可能性も指摘できる。一方で、利益率の定義により影響を与える具体的な施策は異なるものの、労働時間の適正化といった「ワークライフバランスに関する施策」「人材の流動性を高める施策」は利益率を高める効果があることもわかった。

第二は、働き方改革を企業業績につなげるには、個々の従業員がその意味を理解し、やりがいが持てる環境が重要であるとする視点である。働き方改革が浸透していくに伴い、「従業員のやりがい」「ワークエンゲージメント(仕事への活力・熱意・没頭)」や、それらを包含する身体的、精神的、社会的に良好な状態を指す「ウェルビーイング」という概念により注目が集まっている。

同報告第3章では、従業員レベルの調査である「ビジネスパーソン1万人調査2018」を利用し、従業員のウェルビーイングを高める施策に着目した。具体的には「ダイバーシティ(人材の多様性)推進」「柔軟な働き方」「健康経営」の3つの施策などが仕事のやりがい、企業定着志向、ワークエンゲージメントといったウェルビーイング指標をどう変えるかを分析した。その結果、効果が生じる期間には違いがあるものの、企業による働き方改革は働きやすさの向上などを通じて、従業員のウェルビーイングを高める効果があることが示唆された。

企業が様々な施策を積極的に導入したとしても、その導入の意図を従業員が理解していない、あるいはそもそも従業員に導入された施策が認識されていない場合、従業員側から見た施策の満足度は必ずしも高くならないであろうし、業績にも結びつかないであろう。実際の分析では、企業の施策に対する認識と従業員の認識の差が大きいほど、時間当たり労働生産性が低いというパターンが幅広い施策に関してみられた。

より具体的には「女性管理職登用の推進」「女性の採用増加や就業継続支援」「各層へのスキル・キャリア向上支援」「非正社員の活躍推進」「公正で客観的な人事考査」「従業員のモチベーション向上」に関する業績評価指標の設定について、企業側が「取り組んでいる、実施している」と回答している一方、従業員は「制度がない、活用されていない」と回答しているケースでは、時間当たりの労働生産性が有意に低いという結果が得られた。

第三は、ICT(情報通信技術)、RPA(ロボットによる業務自動化)、人工知能(AI)など新たな技術の活用に対する視点である。働き方改革、生産性向上への潜在的な影響の大きさを考えると、それらが企業や従業員に与える影響を具体的に把握することが重要である。同報告第4章では企業の新たな技術の利用状況、従業員への影響(労働時間、ウェルビーイング)、その活用の代表例であるテレワークの利用状況を分析した。

まず、新たな技術の導入が16年から17年にかけての労働時間の変化にどのような影響を与えたかを推計した結果、従業員データと企業データのいずれを用いた場合も、導入済み新技術の数が多いほど労働時間が有意に減少する傾向にあることがわかった。個別の技術についても、いくつかについて有意な関係がみられた(表参照)。また、新技術の導入が進んでいる職場で働く従業員ほど、いずれのウェルビーイング指標も有意に高い傾向があることがわかった。

表
(注)◯は労働時間削減に対して統計的に有意な影響があるケース
(出所)山本勲・慶應大学教授(2019年)「新たなテクノロジー導入の従業員への影響」(スマートワーク経営研究会最終報告第4章第2節)

新たな技術を利用し、生産性を高める働き方として注目を集めているのがテレワークである。大企業を中心にテレワーク利用の環境整備は進められているものの、利用者の割合は依然として低い水準にとどまっている。利用促進を考えるため、どのような従業員がテレワークを利用しているかについて分析した。

制度を整え、新技術導入に積極的な企業ほど従業員がテレワークを利用しており、やはり企業における環境整備が重要であることがわかる。職務については、企画・マーケティング職、クリエーティブ職といった職種についている人や、新規開拓や付加価値向上を目標にする仕事をしている人がよりテレワークを行っており、集中力や創造性が必要な職務により適合するという結果になった。テレワークが有効な職務や仕事の多様性を考えると、従業員全員が利用できるような制度の導入が必須だ。

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以上をまとめると、働き方改革の次のステージを目指すためには、働き方改革の着実な実行だけでなく、それと補完的な役割を果たす新技術の積極的な導入を進め、従業員の改革への理解・認識を高め、彼らのウェルビーイング向上を図るべきだということになる。特に「職務限定正社員」「フレックスタイム」といった多様で柔軟な働き方や人材の流動性を高める施策が、業績向上につながるような環境づくりが重要だ。

2019年7月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2019年8月8日掲載

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