経済学でみるAIの実力

鶴 光太郎 プログラムディレクター・ファカルティフェロー

人工知能(AI)に関する議論が花盛りである。それはAIがかつて我々の経済社会を一変させてきた蒸気機関、電力、内燃機関に匹敵するような汎用技術(GPTs)になると予感されているからであろう。

AIと経済との関係においてはこれまで雇用への影響に議論が集中しすぎたきらいがあったが、ようやくAIの経済への影響を包括的に探る動きもでてきた。全米経済研究所(NBER)主催により、昨年9月に「AIの経済学」と題するコンファレンスが初めて開催されたのはその一例である。本稿ではそこで提示された研究を含め、経済学の視点に立ったAI研究について紹介したい。

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まず、これまで大きな論争があったAIの雇用への影響については、米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授であるダロン・アセモグル氏らがロボットやAIによる自動化の賃金や雇用への影響をみるための基本的なフレームワーク(理論モデル)を提供している。

彼らのモデルによれば、自動化によりこれまで人が担っていた仕事が代替されることで生まれる雇用代替効果は確かに雇用や賃金を低下させるが、それを相殺する正の効果も存在することを強調する。まず、自動化によるコストの節約により経済が拡大し、自動化されていない仕事への需要が高まるという生産性向上効果である。

また、自動化により資本蓄積が進むことは資本への需要が高まることを意味し、労働需要も増加する。さらに、既に自動化されている仕事を行っている機械の生産性をさらに高めるという自動化の深化による効果もある。しかし、これらの相殺効果だけでは1人当たりの生産は賃金を上回り、マクロでみた労働分配率の低下は避けられない。

一方、彼らが最も重視している相殺効果は、こうした自動化により新たな労働集約的な仕事が生まれ、新たな活動へ労働者を復帰させるという、新たな仕事への復帰効果である。この効果は労働分配率を上昇させるように働く。

例えば、歴史的にみても、19世紀の英国で新産業が勃興した時に、技術者、機械工、修理工、管理人、間接部門従事者、経営者などの新たな職種が生み出された。また、AIについても、現在、AIを活用する企業にまったく新たなカテゴリーの職務が生まれてきていることを紹介している。具体的にはAIを教育する職務、AIの出した結論を顧客に説明する職務、AIのパフォーマンスを監視する職務などである。

彼らは、教育や医療・介護にも新たな職を生み出す可能性があると主張している。例えば、AIを教育に使えば、通常では大変コストのかかる生徒の事情に応じた個別教育が可能になる。そうした個別教育プログラムの開発、実施などを行う職務が新たに出現することを予想している。

一方、経済や労働市場において上記のような調整が迅速に進むとは限らない。特に、労働市場における労働者の再分配・移動には時間と痛みを伴う場合も多い。こうした調整の遅れは生産性向上効果を弱めると指摘している。

具体的には、第1に新たな技術・仕事と必要とされる労働者のスキルの間のミスマッチが生じれば、労働需要の調整を遅らせ、労働者間の格差を拡大し、生産性向上を抑制することになる。新たな技術と補完的なスキルをいかに身に着けるかが重要となり、その意味でも教育システムの役割は大きいとしている。

第2は、自動化が過剰に進んでしまうような場合である。過剰な自動化はそれ自体、非効率であるばかりでなく、限られた資源を無駄に使い、雇用を過剰に代替することで生産性を低下させてしまうとしている。彼らはICT(情報通信技術)の発展にもかかわらず米国の生産性の増加が芳しくないのはこうした過剰な技術の適用で必ずしも新たな仕事が生み出されていないからと主張している。

上記の議論は労働者を代替する機械という意味でロボット、AIを区別していないが、その影響をより詳細に考えるためにはAIに焦点を当てた議論が必要だ。AIが他の自動化と顕著に異なる点はセンサー、画像、ビデオ、文字情報などの多量のデータから学ぶ機械学習(ディープラーニングを含む)にある。

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カナダのトロント大学教授のアジャイ・アグラワル氏らは機械学習がより適合する仕事はなんらかの予測、これは機械学習で安価になったわけだが、それを補ったり、自動化したりする仕事だとしている。これはかなり広範な仕事、職種、産業をカバーすることになる。例えば、自動車運転(ハンドルを切るべき正しい方向を予測)、病気の診断(原因を予測)、商品の推奨(顧客の好みを予測)などである。

また、機械学習は時間の経過とともに自分自身で改善していくように設計されている。例えば、機械学習のアルゴリズム(情報処理の手順)は、かなり大きなサンプルを前提に、あるインプットの集合とあるアウトプットの集合の間を結びつける関数を自分でみつけることができる。例えば、録音音声を文字化する音声認識もその一例である(表参照)。

表:機械学習システムの例
インプット アウトプット 応用例
音声録音 文字起こし 音声認識
歴史的市場データ 将来の市場データ 市場取引用ボット
写真 キャプション(短い説明) 画像タグ付け
医薬品の化学成分 治療の効能 医薬分野のR&D
店舗取引情報詳細 不正取引有無 不正検出
料理のレシピ内容 顧客レビュー 料理の推奨
購買履歴 将来の購買行動 顧客囲い込み
自動車の位置とスピード 交通の流れ 信号機
名前 顔認証
(出所)E・ブリニョルフソン、A・マカフィー「The Business of AI」ハーバード・ビジネス・レビュー(17年7月)

機械学習による予測の役割として興味深いのは公共政策への応用である。米スタンフォード大学教授のスーザン・アシィ氏は、ニューヨーク市が消防設備検査官の配置について、消防法違反が検査で発見される確率を機械学習で予測していること、そうした手法がボストンのレストランに対する衛生検査官の配置にも応用されることで、検査で違反が発覚する件数は30〜50%増加したことなどの活用例を紹介している。

機械学習の本質を予測と捉えると、そのリスクもみえてくる。MIT教授のエリック・ブリニョルフソン氏らは、機械学習が出した結果を説明することは難しいと指摘する。AIはなぜそのような結論に到達したのかという理由は教えてくれないのだ。

これはさらに以下のリスクも生むことになるという。第1は、機械学習には隠されたバイアス(ゆがみ)が存在することだ。人間の意思決定を反映したデータを学ばせればそこに人間のバイアスが入り込む余地がある。第2は、ある結論が完全にどのような場合でも成立することをAIは立証することはできないことである。したがって、生か死かといったクリティカルな判断には使えない。第3は、機械学習システムは当然、間違うこともあり、それを避けたり、問題点をピンポイントで修正したりすることはできないことである。

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最後に、予測と意思決定にはギャップが存在することを忘れてはならない。例えば、アグラワル氏らが紹介しているように、医学の世界ではAIが放射線科医の仕事を代替し始めている。IBMのAI「ワトソン」は機械学習により肺結節や骨折ばかりでなく、肺塞栓も発見できるようになってきている。いくつかの原因の可能性を確率的に示すという意味で予測が行われているのだ。

その予測の精度が高まれば、負担の大きい生体検査を減らすことができる一方、やはり、そうした検査をすべきかどうかという判断は放射線科医が依然として担っている。予測を最大限活用するとしても、因果関係・論理を考え、最終的に判断を下すのは人間であることに変わりはないことに留意すべきである。

2018年5月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年5月18日掲載

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