米国企業のショートターミズム(短期主義)、クォータリーキャピタリズム(四半期資本主義)がにわかに注目を集めている。米大統領選挙の民主党最有力候補、ヒラリー・クリントン氏が、長期的な視野に基づく経済活動の奨励を自身の経済政策「ヒラリーミックス」の柱の1つとしているからだ。特に、四半期業績をつり上げることで報酬として受け取った自社株を売却し利益を得るような経営者や、短期売買でもうける投資家に対して高い税率を課すこと、つまり、株式の保有期間が短いほど税率が高くなるような累進的なキャピタルゲイン課税を提言している。
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短期主義の問題点は古くはケインズなども指摘してきたが、脚光を浴びたのは今から四半世紀前である。当時、米国が日本やドイツと比べ製造業などの国際競争力で大きく後れをとってしまった理由として、企業の経営視野の長さの違いが強調された。米ハーバード大学の経営学者マイケル・ポーター教授の1992年の論文はその代表である。
経済学でも80年代末、米国で敵対的企業買収の嵐が吹き荒れた状況を背景に、米マサチューセッツ工科大学のジェレミー・シュタイン教授は、企業買収の脅威が強い場合、必要な投資を先送りして現在の収益をかさ上げし、短期的に株価を高めようとするなど経営視野の短期化につながることを理論的に明らかにした。また、ハーバード大のローレンス・サマーズ教授らは当時、敵対的企業買収は企業とその利害関係者(労働者など)が築いてきた暗黙的契約を破棄することにより、暗黙的な約束でのみ可能となるような企業特殊的な投資を減少させ、米企業の競争力をそぐ結果となったと論じた。
90年代以降、日米の競争力逆転で短期主義に関する議論は下火になったが、それがまた復活したのは2008~09年の世界的金融危機が契機であった。金融危機が起きたのは金融機関の経営者の報酬体系が短期主義を増長したからではないか、危機以後の米経済の足取りが鈍いのも潤沢な内部留保を投資ではなく、自社株買いや配当に使い、株価を釣り上げているからではないかという批判も根強い。表は米国企業の自社株買い額上位のリストだが、純利益に匹敵するほどの巨額である。
順位 | 企業名 | A: 自社株買い(億ドル) | B: 配当(億ドル) | A+Bの純利益比(%) |
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1 | エクソンモービル | 2170 | 840 | 84 |
2 | IBM | 1160 | 260 | 113 |
3 | マイクロソフト | 1130 | 770 | 119 |
4 | シスコシステムズ | 720 | 50 | 110 |
5 | プロクター&ギャンブル(P&G) | 720 | 470 | 118 |
6 | ヒューレット・パッカード(HP) | 650 | 90 | 168 |
7 | ウォルマート・ストアーズ | 640 | 400 | 73 |
8 | ファイザー | 620 | 650 | 137 |
9 | インテル | 580 | 310 | 107 |
10 | ゼネラル・エレクトリック(GE) | 570 | 870 | 89 |
(出所)William Lazonick (2015) "Stock buybacks: From retain-and-reinvest to downsize-and-distribute", Brookings |
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企業の短期主義については証拠に基づいた分析がなにより重要だ。米企業の実証分析を概観してみよう。まず、ストックオプション(株式購入権)など株式を使った経営者の報酬制度の影響である。
英ロンドン・ビジネス・スクールのアレックス・エドマンズ教授の15年の論文では、公開会社の経営者に付与されたストックオプションなどの行使可能な時期が追っていると、行使後に売って利益を得ることを前提に、株価を高く維持するため設備投資、研究開発費、宣伝費を削減することを示した。
また、米ワシントン大学のラドハクリシュナン・ゴパラン准教授の14年の論文では、各種の報酬構成要素によって行使・利益実現可能になるまでの期聞が異なることを踏まえ、報酬パッケージが全体としてどの程度の長さの経営視野を与えているかを調べた。高い成長機会、長期的な資産、集約度の高い研究開発投資、低リスク、高い株価実現といった特徴を持つ企業ほど報酬による経営視野が長いことを明らかにした。
また、四半期ごとの収益予想の達成に向けて、株主やアナリストから受ける過度な重圧は短期主義の要因になりうる。米デューク大学のジョン・グラハム教授らの05年の論文では、米国の400人以上の取締役にインタビューした。将来収益の現在割引価値がプラスになる投資計画であっても、その投資によって四半期の収益予想を達成できなくなると考えたら、計画を実施しないだろうと答えた割合が実に78%にも及んだ。
実際、米コーネル大学のサンジーブ・ボージャラージ教授の06年の論文は、裁量的な支出カットなどによって証券アナリストの収益予想を上回るように会計を操作した企業の方が、収益内容は良いが予想をクリアできなかった企業以上の株価収益率を確保していることを示した。
アナリストの影響については、米ジョージア大学のジャック・ホー助教授らの13年の論文が、取材を受けるアナリストの数が多い企業ほど特許取得数は少なく、そのインパクトも小さいことを報告している。ただし、四半期の業績予想を定期的に発表している企業のほうが、そうでない企業より収益管理をしていないとする実証分析もあり、バランスのとれた見方が必要だ。
短期主義から逃れる究極の方法は株式非公開企業になることである。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジョン・アスカー教授は14年の論文で、公開企業は企業の規模、産業、投資機会の調整後でも非公開企業より明らかに投資額は小さく、投資機会への反応度も4分の1程度と弱いことを示した。こうした傾向は、収益に関する新たなニュースに対する株価の反応が高い企業ほど強かった。
英エコノミスト誌(15年10月24日号)は、株主と経営者の利害対立、短期主義、上場企業への規制強化で、米上場企業に衰退の兆しありと主張する。通常、新興企業は最終的に上場または上場企業に売却することを目指すが、公開市場に頼らない資金調達が以前よりも容易となっていることもあり、ますます多くの企業が非公開の存続を選択している。このため、企業合併の影響もあるが、米国の上場企業数は96年と比べ半減するとともに、新興企業が上場するまでに要する平均期間は99年の4年から11年に長期化していることを紹介している。
株式非公開が1つのアプローチだとしても、公開企業に対しては、長期的な視野を与えるために経営者を株主の重圧からなるべく隔離すべきであろうか。近年、先進国で共通する機関投資家の保有割合増加には懸念の声がある。しかし、これまでの実証分析をみる限り、必ずしも機関投資家が経営者を近視眼的にしているわけではない。
ハーバード大のルシアン・ベブチャック教授らの15年の論文も、90年代後半以降のヘッジファンドの2000以上の経営介入を分析し、介入時点から3~5年目に対象企業の業績が高まること、つまり、短期的な収益を上げるために長期的な成果を犠牲にしているわけではないことを示している。
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短期主義は排除すべき悪弊なのか。ハーバード大のマーク・ロー教授は13年の論文で、技術革新、IT(情報技術)化、グローバル化などを背景に、21世期に入ってこの世のすべての変化のスピードが遠くなっていることに対応しなければならないという観点からは、これまでよりも短期的な経営計画が必要になっていると説く。資源関連産業のように何十年という視野で行う長期的投資はむしろ「ぜいたく」と喝破する。
日本企業がかつて長期的視野を維持できた理由はメーンバンクによる企業統治もあるが、経済の安定的高成長がその根源にあったことは確かだ。それが維持できなくなった以上、日本企業も短期主義と長期主義の狭間でもがいていくしかないであろう。
2016年1月18日 日本経済新聞「経済教室」に掲載