多様な人材、業績にプラス?

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

第2次安倍改造内閣では新たに女性活躍相が設けられた。9月12~13日は政府と経済界が女性の活躍できる社会づくりを話し合う国際会議も開催された。女性の労働、経営の参加促進はまさに待ったなしの政策課題となってきた。しかし女性参加・活躍推進の意義を単に機会均等の視点のみから論じるのは不十分である。本稿では企業の構成員の多様性が企業業績にどのような影響を与えるかという広い視点から論じてみたい。

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多様性は大きく2つのグループに分けられる。まず教育、スキルといった人的資本の多様性である。異なる教育やスキルによる知識の補完性やスピルオーバー(波及)が新たなアイデアを創出し、生産性向上も期待できる。

一方、民族、年齢、性別など属性について多様性がある場合は、人的資本の多様性に比べ、高いコミュニケーションコスト、信頼・結び付きの弱さなどが知識のスピルオーバーや交換を妨げる要因になりやすい。

特に民族の多様性の場合、こうしたコストは高いと予想されるが、一方、構成員が異なる文化的な背景を持つことで異なる見方、有益なアイデア・問題解決能力、より大きな知識のプールが利用できれば生産性が高まるであろう。年齢の多様性も、それぞれの世代で身に付けている知識、経験が異なるという意味で人的資本に補完性が生じうる。

デンマークのオールボルグ大学のクリスチャン・オースタガード准教授らの2011年の論文によれば、自国の1648社の一時点の企業従業員データを使い、教育と性別の多様性は新製品導人でみたイノベーション(革新)に正の相関がある一方、民族の多様性は有意な関係はなく、年齢の多様性は負の相関があることを示した。

しかし、この種の分析では、個々の企業の固有の効果を取り除くために、複数時点の企業従業員データを使う必要があり、企業の業績が従業員の多様性に影響を与えるという逆の因果関係の問題(内生性)も処理する必要がある。

こうした点を考慮し、同じデンマークの企業レベルのデータを使ったスイス・ローザンヌ大学のピエールパオロ・パロッタ教授らの14年の論文では民族の多様性が特許取得活動でみたイノベーションに正の影響を与えることを示した。一方、教育・スキルや年齢・性別といった多様性の効果は他の変数をコントロールしたり、内生性を考慮したりすると影響は有意ではなかった。このように分析手法の違いはあるものの異なる結果がでている。

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一方、取締役会の多様性の効果はどう考えればいいだろうか。まず、そもそも取締役会の役割として経済学者が強調するのは経営者のモニタリング(監視)である。社外独立取締役導入も取締役会の多様性によるモニタリング強化と考えることもできる。ただ、人的資本や属性の多様性が何らかの影響を与えるとすれば、取締役会の役割を広げて考える必要がある。経営学者が強調するのは経営者へのアドバイスの役割である。

従業員の場合と同様、多様な背景、経験が異なる観点、問題解決方法を生むとともに、多様な情報を得ることができるようになることで、よりよいアドバイスが可能になる。取締役会の多様性の場合、付随した外部効果も期待できる。例えば女性、外国人の従業員に対し彼らの昇進にコミットしていることを示すことは彼らのインセンティブ(誘因)を高める効果がある。

さらに、特に消費財を扱う企業によっては取締役会の多様性を高めることにより、社会的イメージを改善し、世間、メディア、政府から正当性を得るとともに、投資家との関係も改善できるという効果も期待できる。

一方、取締役会の場合でも多様性がメンバー間での対立、協力や意思疎通の欠如を生みやすくなる傾向も否定できない。特に社外独立取締役が経営陣から情報を得る際には深刻な問題になりうる。取締役会の多様性を無理やり進めれば、経験不足、能力不足の取締役が選ばれ、特定の人物の取締役掛け持ちが増えてしまう問題もある。

取締役の多様性と企業の業績の関係についての分析は多数存在するが、従業員の場合と同様、分析手法の違いなどもあり、両者の関係について必ずしも明確な結果がでているわけではない。

英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのダニエル・フェリーラ教授の10年の論文は、上記の議論も踏まえ、取締役会の多様性と企業業績の関係が正か負かということで取締役会の多様性を進めるべきか否かを論じるのは有益ではないと警告している。むしろ、これまでの分析結果は取締役会の多様性にはコストとベネフィット双方があり、そのバランスは企業によって異なることを示していると解釈すべきだと主張している。

米アメリカン大学のロナルド・アンダーソン教授らの11年の論文では、企業の固有の効果や内生性の問題は処理した上で、教育、職業、経験、年齢、性別、民族を考慮して作った取締役会の多様性を示す総合指標はトービンのQ(時価総額÷資本再取得価額)といった企業業績に正の影響を与えるものの、企業への影響は企業の特徴によって異なることを示した。企業組織が規模や多角化などの面で複雑な企業ほど多様性は良い影響を与えるが、それほど複雑でない企業には負の影響を与えている。その中で職業、経験などの人的資本の多様性が性別、民族などの社会的多様性よりも企業業績により大きな影響を与えることを示した。

以上を踏まえると、取締役会の多様化はすべての企業で一律に強制すべきではないし、取締役会の多様性を推し進めるのであればその効果が最大限発揮できるような環境整備を進めることの方が重要であることがわかる。

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それでは、今、多様性の中でも最も着目されている女性の活躍のための環境整備は何が必要であろうか。米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授は14年の論文で米国の男女の賃金格差に着目し、女性の教育や経験の向上で格差が縮小してきたが、それでも最後に残る格差の要因を分析した。

そこで明らかになったのは子育てなどのために企業にとって重要な特定の時間・タイミングに働くことができない、また、職場にずっと張り付くような長時間労働ができないことが影響していることだ。その傾向は、金融や法曹といった職業において強い。男女賃金格差をなくすための「最終章」は、労働時間の柔軟性を高めるような職務・報酬体系の設計であると強調している。

これは日本での議論に置き換えてみれば、労働時間が限定された正社員を導入し、通常の正社員との間で従業員のライフサイクルに応じて相互転換できる仕組みを作ることで労働時間の柔軟性を確保することとみなせるであろう。

女性の活躍推進策を考える場合、それが「女性」という範囲にとどまっている限り大きな成果は期待できない。長時間労働や、労働時間を選べず企業にべったり張り付く働き方が評価される日本的雇用システムそのものを変えることこそ女性が輝くために今最も必要な方策といえる。

2014年9月22日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年10月10日掲載

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