深刻化する雇用の二極化
「有期契約」長期化で埋めよ

鶴 光太郎
上席研究員

日本の雇用情勢は失業率、有効求人倍率などの水準でみれば依然厳しいものの、昨年夏から改善傾向が続いている。世界的な金融危機に端を発した急激な経済の落ち込みが未曾有の「雇用危機」を招くのではないかと心配されたが、失業率のピークは前回の雇用調整期(2001~03年)の5.5%からわずか0.1ポイント上回る5.6%(09年7月)にとどまった。今回と前回の雇用調整期を比較しながらその背景を考えてみよう。

まず、前回に比べ今回は、残業減や一時休業で対応する企業の割合がかなり高く、労働時間による調整の度合いが大きかったことが挙げられる。その結果、経済の落ち込みはかなり大きかったにもかかわらず、今回の正規労働者の減少率はいくつかの統計(毎月勤労統計や労働力調査詳細推計)をみても前回より小さく、希望退職者の募集や解雇を行った企業の割合も前回を下回った。

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一方、非正規労働者をみると、08年末から派遣労働者の削減や臨時・季節工、パートタイム労働者の再契約停止・解雇を行う企業の割合が急激に増加した。09年以降、非正規労働者の減少が明確になったが、そのかなりの割合が派遣労働者であった。それまで雇用調整期でも非正規労働者は増加し続けていたことを考えると大きな転換であった。

このような雇用調整の特徴の違いは、何度か実施された雇用調整助成金の対象拡大と支給要件緩和が大きく影響している。特に、支給額の規模は09年度に6536億円に達した。04~08年度の平均では年間17億円程度、第1次オイルショックや1990年代の金融危機後でさえ年間600億円前後の規模であったのが、その10倍以上という文字通り「ケタ外れ」の額となっている。この膨大な助成金のおかげで正規雇用は大幅な調整を受けずに済んだのだ。しかし、これはあくまで緊急避難的措置であり、雇用情勢の改善がみられる中で雇用政策においても財政・金融政策と同様に「出口戦略」を視野に入れる必要がある。

正規雇用の代わりに雇用調整の極端な「しわ寄せ」を受けた派遣など非正規労働者への政策対応については、セーフティネットの充実という観点から、雇用保険の適用範囲が拡大され、訓練・生活支援給付が導入されたことは評価されるべきであろう。一方で、登録型派遣の原則禁止(専門26業種などは除く)、日雇い派遣の原則禁止が盛り込まれた改正労働者派遣法案が今国会に提出されている。日雇い派遣の禁止などは前政権時代にも議論されたが、特定の派遣形態を単に禁止することで、そこで働いていた人々の雇用の安定につながるかどうかについては有識者からこれまで様々な疑問が呈されてきた。派遣労働者がより幸福になるため本当に必要なことは何であろうか。

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こうした問題意識のもと、経済産業研究所(RIETI)は09年1月から3回にわたり、『派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査』(大竹文雄大阪大学教授、奥平寛子岡山大学准教授、経済産業省の久米功一氏と筆者との共同研究)を行った。特に、この調査では主観的幸福度に着目し、対象者に「普段どの程度幸福だと感じていますか」を0~10の数値で答えてもらう質問も行っている。

図:非正規労働者の雇用期間別の主観的幸福度

雇用形態別に幸福度をみると、日雇い派遣(5.46)や製造業派遣(5.09)はその他の雇用形態(その他派遣6.09、パート等6.02)に比べ低くなっている。こうした雇用形態は幸福度を低くするから禁止すべきだという議論が出るかもしれない。しかし、幸福度は雇用形態と関係があるのか、それともそのような雇用形態を選んでいる人々の属性を反映しているかは計量的な分析によって明らかになるものである。特に、幸福度と雇用形態の関係を明らかにした既存の分析は皆無であり、その意義は大きい。

そこで幸福度に対して、基本属性(性別、年齢、学歴、所得、資産、居住地)、家族環境(既婚・未婚、世帯人員、子供数)、雇用形態(派遣か否か、業種、契約期間、労働時間)、雇用形態の選択理由、過去の経験(労災など)を説明変数にした式を推計した。有意な結果を整理すると、やはり、所得や資産の少ない人は幸福度も低いことが分かった。しかし日雇い派遣や製造業派遣など特定形態の派遣を含め、派遣労働と幸福度に有意な関係は見いだせなかった。

一方、雇用契約期間の短い人の幸福度は低い。また、自ら望んで非正規雇用を選んだのではない人(非自発的非正規雇用)の幸福度も低くなっている。基本属性では、年齢や学歴は幸福度と有意な関係はなかったが、男性の方が幸福度は低く、未婚の人も低いという結果が得られた。したがって、派遣の中でも製造業派遣の幸福度が比較的低いことはその雇用形態というよりも、製造業派遣は単身世帯の未婚男性が多く、正社員を希望する割合も高いためと説明できる。

この結果から分かるのは、第1に、当然のことながら「幸せはお金だけで決まるわけではない」ことだ。所得や資産以外に、雇用や家族の状況は幸福度に影響を与えうる。やはり、働くこと自体や、家族を持つことによる喜びや充実感も重要である。

第2に、非正規雇用を特徴付ける(1)「雇用関係の軸」(直接雇用か派遣か)(2)「契約期間の軸」(有期か無期か)(3)「労働時間の軸」(フルタイムかパートか)のうち、幸福度の関連からいえば「契約期間の軸」が最も重要であることだ。雇用期間の長期化や正社員への希望実現を通じた雇用の安定が幸福度を高める可能性があることを考慮すると、今後の非正規雇用問題への政策対応としては、有期雇用の問題へと焦点を絞っていくべきである。

その際、無期雇用の正規労働者と有期雇用の非正規労働者とが極端に二極化してしまっている現状において、その間をいかに埋めるかという発想が大切である。具体的には、5~10年の比較的長期にわたる有期雇用契約の解禁による中間的な雇用形態の導入などが考えられる。勤務地・職種限定型など多様な「准正社員」制度の創出も検討されるべきだ。

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本稿では特に二極化の間を「連続的」に埋めるという視点から、有期雇用の雇用期間に応じた処遇の重要性を強調したい。企業の側からみた有期雇用活用のメリットはコスト削減や雇用調整の柔軟性確保である。しかし、その問題点は有期労働者に対して努力や能力向上のインセンティブ(誘因)をほとんど与えていないことである。その結果、企業の生産性が低下してしまえば有期雇用活用のメリットは小さくなってしまう。目先の利益を追うのではなく、コストは少々かかっても労働者に対するインセンティブに配慮することが、企業の長期的な利益拡大につながるはずだ。

実際、スペインの製造業を対象とした最近の実証分析では、有期雇用の割合の高い企業ほど生産性は低いが、同時に、有期雇用から正社員への転換率が高い企業ほど生産性が高くなるという結果が出ている。インセンティブの重要性を如実に物語る結果だ。

正社員への転換のほかに、有期雇用労働者のインセンティブや納得感を高めるもう1つの方法は、短いながらも期間に応じて年功的な賃金や退職金を用意することである。費やした金額の高低が問題ではない。有期雇用であっても能力を向上させながら期間を重ねて働き、組織に貢献することに対して、企業が責任を持って評価していると明示的に伝えるのが重要なのだ。

契約期間終了後の雇い止めについては、一定条件のもとで無期雇用と同様にみなすような法的扱いを求めるケース(解雇権乱用法理の類推適用)もある。しかし前述のように雇用期間に比例して労働者を処遇する「期間比例原則への配慮を進めるならば、過度な類推適用は避けるべきであろう。むしろ、雇い止めのトラブルは金銭で解決する新たな仕組みを導入することが、有期雇用契約更新の判断をより柔軟にするという意味でも、労使双方にとって大きなメリットがある。期間比例原則への配慮と同時に、雇い止めに関する労使の認識ギャップの縮小を図ることが、有期雇用問題解決への突破口になることを期待したい。

2010年5月11日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2010年5月18日掲載

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