「政治の統治改革」考 官の意欲高める工夫必要

鶴 光太郎
上席研究員

官の改革の最重要テーマは国民との信頼関係をいかに取り戻すかにある。国民全体の利益に沿うよう規律を高めるというムチだけでなく、公務員の意欲を高める工夫も必要である。従来の人事ルールが崩れる中、人事制度をオープンで競争促進型なものに転換すべきだ。

全体利益追求の規律と誘因必要

バブル崩壊以後、「失われた15年」と称される大調整期を経て、日本の経済システムは大きく変容した。民の変化だけでなく、55年体制の崩壊、小選挙区制導入による族議員、派閥の弱体化など政治も大転換した。

一方、90年代以降、不良債権、BSE(牛海綿状脳症)、薬害エイズなどの問題に象徴される政府の失敗や責任回避の先送り策が白日の下にさらされ、霞が関の中央官僚に対する国民の信頼が大きく損なわれ、官僚バッシングが強まった。

したがって、官の改革の最重要テーマは、失われた国民との信頼関係をいかに取り戻すかになるはずだった。「官から民へ」「小さな政府」を掲げた小泉政権を振り返ると、郵政・道路公団民営化、政策金融改革、公務員総人件費改革など、その意義や成果は大いに認められるが、「政府の失敗」との反省に立ち、信頼回復を直接目指した改革だったかどうか疑問が残る。

その意味で、今後の官の改革の課題は政府のガバナンス改革であろう。「依頼人」である株主が「代理人」の経営者に規律とインセンティブを与える仕組みがコーポレートガバナンス(企業統治)である。そのアナロジー(対比)で言うと、政府のガバナンスとは、究極の依頼人である国民(投票者、納税者)が代理人である官僚・政府に国民全体の利益に沿って行動するように規律とインセンティブ(誘因)を与える仕組みといえる。

もちろん、現実には、国民と政府との間には政治(家)が仲介することで複雑なガバナンス関係が形成されている。官と国民との(直接的な)信頼関係を強める立場から政府のガバナンスはどうあればよいのか。

拙著『日本の経済システム改革』でも詳述したが、政府のガバナンス改革には2つの視点がある。第1の視点は、国民が政府に直接・間接的に働きかける形で政府への規律を強める方法である。例えば、株主総会での株主の議決権行使と同様、有権者は一票の投票権を持つ「投票者」として選挙で現政権へ意思表明することができる(「ボイス」によるガバナンス)。

しかし、一票しか持たない国民1人1人にとって政府をきっちり監視するインセンティブは元来弱く、コストも大きくならざるを得ない。また、政府の側も、「政府の無誤謬神話」を維持したいため、「政府の失敗」が明らかになるような情報開示には必ずしも積極的ではない。

目立つ進展ない公務員制度改革

したがって、少数株主には企業の情報開示が生命線であるのと同様、国民の政治参加を促し、ボイスによるガバナンスの有効性を高めるには、政府を国民がしっかり監視できるよう政府の透明性を徹底して向上させることが唯一無二の重要な方策であるといえる。

小泉政権以降、その大枠の決定プロセスが経済財政諮問会議に集約化されるとともに、その資料や議事が速やかにネット上で情報開示されるようになり、政府の経済政策に関する透明性は格段に高まった。そうした土台に立ち、向こう10年にわたり経済政策の両輪を形成する財政健全化策、経済成長戦略の基礎付けとなる政府の中長期経済見通しの透明性を高めることが次の課題となる。

具体的には、毎年1月に公表される「改革と展望」の添付資料である「将来見通し」に関し、年央改訂、リスク要因や主要な経済前提条件の違いによる影響分析の記載、事後的にみた予測と実績の乖離やその要因の記載などを義務づけ、「改革と展望」の充実と透明性・説明責任の向上を図るべきである。

また、地方分権も政府の透明性向上の観点から強力に推進すべきだ。住民に近い分、地方自治体は情報の優位性を持ち、また、供給するサービスの受益と負担の関係はより明確である。このため、自治体を監視する住民側のインセンティブやそのメリットも大きい。自治体側も透明性向上を通じて住民の信頼を得た手応えも実感しやすく、透明性向上へ向けた取り組みの好循環が生まれやすいと考えられる。

ガバナンス改革の第2の視点は、公務員への規律やコントロールを強めるといったムチ一辺倒でなく、国民全体の奉仕者として働く意欲を更に積極的に高めるような改革を考えることである。

これを担うべき公務員制度改革については、2001年に「公務員制度改革大綱」が策定されて以来、目立った進展がなかった。能力・実績主義による人事管理が検討されているが、公務員の任務は民間と比べても多様であり、「依頼人」(国民・政治家)の間の複雑な利害対立、成果の計測・評価の難しさといった問題が深刻である。このため、トップレベルの任期付き採用などのケースを除き、十分機能するとは考えにくい。

成果が出やすい業務にのみ励み、同僚との協調的な関係がおろそかになったり、今まで霞が関では比較的無縁であった「ごますり」「ひいき」「派閥」がはびこる可能性が高いためである。

人事制度をオープンに

いわゆるキャリア官僚に関しては、従来、課長より上の幹部レベルへの昇進の際、“up or out”(昇進できなければ退官)という厳しい暗黙のルールが敷かれてきたことが、官僚のやる気・努力を高め、同期内の競争を促進してきた。しかし、近年、天下り機会の減少、規制強化の中で上記のルールが崩れ、幹部の高齢化による昇進速度低下が若手官僚の意欲をそいでいることは見逃せない。

したがって、定年までの勤務が可能な人事制度の構築は働き盛りの若手官僚のやる気を今まで以上に低下させる恐れもある。また、専門行政分野のスペシャリストについてスタッフ職が導入されても、競争に敗れた官僚の単なる「窓際ポスト」になり、全体の士気に悪影響を与えかねない。

官僚のインセンティブを高め、気概のある高い使命感で仕事ができる仕組みを再構築するにはどうすればよいか。

まず、01年の中央省庁再編でいくつかの省庁の統合が行われたが、それは1つの省庁の目標や任務の数を増やし、業務を複雑化させ、官僚のインセンティブを弱めた面も否定できない。企業の場合でも、近年、多角化戦略の弊害が認識され、「選択と集中」の重要性が指摘されている。

したがって、統合経験の有無にかかわらず各省庁は今一度、時代の環境変化に応じた「ミッション」(使命)を徹底的に見直し、先鋭化を通じ官僚の専門的知識・経験が仕事に生かされやすく、業績評価が容易になるような組織改革を検討する必要がある。そのための新たな中央省庁再編も視野に入れるべきである。

また、生え抜き・内部昇進を原則とする閉鎖型人事システムをオープンにして競争原理を導入することも重要である。例えば、局長・審議官・課長のポストの一部を公募にし、そのポストには当該省庁、他省庁、民間からも自分の意志に基づいて応募できるようにするといった案である(ちなみに韓国は99年から局長級の20%の職位について公職内外を問わない公募制にするなどの改革を推進している)。

透明かつ公正な採用プロセスの下、応募者が能力・経験・専門性を大いにアピールし、魅力・やりがいのあるポストを巡り切磋琢磨、競争することは生え抜きの官僚のインセンティブにも好影響を与えることが期待できる。特に、官邸主導が定着する中で、内閣官房、内閣府で省益にとらわれず天下国家のために力を発揮したいと希望する官僚は多い。今回の官邸スタッフの公募もそうした改革に向けた第一歩として位置づけることができる。

また、こうした開放型、競争促進型の制度改革は、国家公務員のキャリアの魅力を高め、より多くの優秀な人材を霞が関に引きつけることにもつながる。新政権は総人件費抑制だけでなく、公務員のインセンティブと質の向上という点から効率的な政府を構築していくことが求められる。

2006年10月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2006年10月10日掲載

この著者の記事