米中新冷戦への突入により世界経済は、グローバル化が加速する時代から転換期に入った。世界の貿易量は、2008年のリーマン・ショックを境に停滞に転じ、最近もコロナ禍以前の水準に戻した後は低成長にとどまる。米トランプ政権により引き上げられた対中関税の多くはバイデン政権でも維持され、安全保障貿易管理が強化されている。
日本の海外生産比率も長期にわたり上昇が続いていたが、近年は頭打ちとなった。グローバルサプライチェーン(GSC、国境を越えた供給網)についても、ロシアのウクライナ侵攻により途絶のリスクが改めて認識されるようになった。
本稿では世界貿易の推移を振り返り現状把握の方法を論じ、今後の展望を議論する手がかりを探りたい。
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まず、輸出されるもののうち海外から輸入された投入の割合(輸出から国内付加価値を除いた分)によりグローバル化の推移を振り返ってみよう(図参照)。
生産過程で何度も部品や素材が国境を越える国際的フラグメンテーション(分散立地)はグローバル化の象徴だったが、近年は後退に向かっている。中国では加工組み立て型国際分業への参画を背景に世紀の変わり目に急上昇したが、その後は低下が続く。米国でも、上昇の後に低下し、米ソ冷戦が終結した1990年代半ばの水準に戻っている。
日本の場合、輸出金額はほぼ国内で創出された付加価値によるものだったため95年時点では約5%と低かった。その後、日本製造業の輸入中間財への依存が強まり、中国の水準に近い13〜16%に達するが、リーマン・ショック後には持続的上昇が止まっている。
世界経済分断への対処を論じるには、現状の正確な把握が前提となる。日本経済の貿易依存度は21世紀初頭に上昇したが、その後は頭打ちになった。貿易に占める中国の割合も近年低下に転じており、日本だけが中国に特に依存しているわけでもない。だが見かけ上の数字を見るだけでは十分でない。以下では3つのアプローチを取り上げたい。
第1に個別の品目について特定の国への依存度を計算し、GSC途絶のチョークポイント(要所)を特定する方法がある。その際、ミクロに細分された財ごとに、技術的な代替可能性や他産業への波及効果の観点からアプローチする必要がある。半導体生産の国内誘致は、この観点から重視されているのだろう。
第2に産業連関をたどることも重要だ。中間財の生産にも、輸入中間財が一部使われているからだ。スイスのビジネススクールIMDのリチャード・ボールドウィン教授らの研究によれば、中国は通常の輸入データで見ると約6割の米国製造業にとって最大の中間財供給国だが、投入産出連鎖を遡ると製薬業以外のすべての産業で首位となる。
第3にサービス化・デジタル化が進んだ先進国経済を論じるには、モノ以外も注視する重要性を指摘したい。サービス貿易・越境データ移転は、受発注、配送、決済、さらには製品や関連ソフトウエアの開発、広告宣伝、アフターサービスなど多くの局面で、モノの貿易、特にGSCによる精密な国際分業に関わる。
世界貿易の停滞はモノの貿易についてであり、サービス貿易は増勢を続けている。グローバル化の主役はモノの貿易から、知的財産を含むサービスの貿易やデータの越境移転に移った。
日本は、モノの貿易では中国に対し赤字を記録する一方、世界全体では持続的に赤字を計上するサービス貿易では、中国に対し知財を含め黒字を稼いでいる。モノの貿易に比べデータが限られるサービス貿易も含めて、相互依存関係を多面的に評価する必要がある。
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世界経済が分断に向かう中で、対応の中心は、複数の国から分散して調達し特定国への依存リスクを軽減(デリスキング)することにある。生産拠点の国内回帰(リショアリング)は多くの財について回答にならないし、大勢としては国内回帰が進んでいる国もほぼない。特に日本の場合、近い将来に高い確率で予想される巨大地震を考えれば、かえってリスクを高める。
複数の国から調達すると規模の経済性を弱めるし、軍事転用や人権侵害を避けるため、データの移転・共有によりアウトソーシング(外部委託)先に連なるサプライヤー群を精緻にモニター(監視)する必要が高まる。こうした中で、中国などによるデジタルデータの越境移転の制限や技術の強制移転は特に懸念される。
日本もモノの貿易は赤字に転じ知財や直接投資で稼ぐ国となったからには、知財、データ、サービスに関する国際ルールの強化に向け積極的役割を果たすことが求められる。データや技術の流れが分断されると、目先の生産だけでなく長期的にイノベーション(技術革新)にも悪影響を及ぼす。
だが世界は法の支配の原則が貫徹し市場経済で動く国ばかりではない。米中対立の狭間にある「グローバルサウス」とも呼ばれる国々は、種々の課題に直面している多様な国々だ。主要7カ国(G7)など先進諸国は、それぞれの国が抱える個別の課題解決にきめ細かく協力してGSCに引き込んでいくことが重要だ。分断が世界経済に与える影響を試算する際には、発展途上国群をどちらのブロックに入れて計算するかで結果が大きく左右される。
一部の先端機微技術の貿易管理が強まっても、大半の汎用品生産の国際分業は比較優位に基づき多くの国々と続いていく。
米ソ冷戦終結後、低賃金労働力に引き寄せられ生産の海外移転を進めてきた時代は、中国の政策転換と賃金高騰により終わった。モノの輸送費に着目した地理的近接性と低賃金の比較考量による立地選択よりも、GSCを再組織化・再構築し組み替える方向に転じている。予見可能性や透明性の高い法制度が安定して運用される国と濃密・精緻な分業を深める一方で、単純な作業や汎用品生産は低コスト国で幅広く展開する選別である。
ベルリンの壁崩壊と中国の世界貿易機関(WTO)加入を契機としたグローバル化の加速は終わり、世界的に最適地でモノを生産しコスト最小化を図ることは難しくなった。だが経済効率性追求の重要性は揺るがない。地政学的に厳しくなった制約条件の下で効率性の向上を目指す企業の挑戦と、それを応援する同志国による国際秩序強化などの政策努力に世界経済の先行きがかかっている。
日本企業は円高による国内生産の輸出競争条件の悪化には、アジア途上国への生産海外移転(オフショアリング)で対応した。また砦(とりで)が築かれると懸念された欧州市場統合には英国に、北米自由貿易協定(NAFTA)にはメキシコに、橋頭堡(きょうとうほ)となる生産拠点を築き活路を開いてきた。米中対立が冷戦状態に制御される前提だが、サービス貿易・データ移転の円滑化の下でGSCを大胆に組み替えることで世界貿易の新たな展開が見いだせるだろう。
2023年12月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載