生産性向上に何が必要か 「労働の質」、地域間格差生む

徳井 丞次
ファカルティフェロー

マクロ経済の成長の原動力としての生産性の役割は、改めて説明するまでもないだろう。本稿で述べるのは、地域間格差の要因としての生産性の重要性だ。前者が生産性の時系列での伸びに注目するのに対し、後者はクロスセクション(横断面)での生産性の水準比較に焦点を当てる。

地域間格差は通常、移転所得を含む1人当たり所得を指標に論じられるが、働く人の稼ぐ所得を決めるのは生産性だ。そして低生産性に甘んじる地域は、そこで働く人の低所得から脱却できない。それは若年者の人口流出を通じて地域の人口の社会減をもたらす。今後人口の自然減が不可避なところに、社会減が追い打ちをかけることになる。

経済の生産性を正確に測るには、資本や労働の質を考慮した投入を一貫した方法で計測する必要がある。この方法を地域経済の生産性計測に適用するには、データ上の制約もあり簡単ではない。経済産業研究所の研究プロジェクトの1つがこの課題に取り組んでおり、筆者がそのリーダーを務めている。

地域生産性分析のために構築したデータは、都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースとして同研究所のウェブサイトで公開されている。本稿では、同データベースの構築と分析を通じて分かってきたことを紹介する。

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同データベースを使うと、都道府県間の労働生産性格差を、資本装備率(資本投入を労働時間で割った値)、労働の質、技術進歩などを映す全要素生産性水準(TFP)の格差に分解できる。この分解を通じて地域間の労働生産性格差の源泉を概括的に知ることができる。その結果、半世紀前と現在では、地域間の労働生産性格差の源泉が大きく変化していることがわかる。

約半世紀前の1970年は高度成長の末期にあたる。当時の都道府県別の労働生産性をみると、トップは神奈川県で、東京都は千葉県、大阪府に次ぐ4位だった。この労働生産性格差の重要な源泉は都道府県間の資本装備率の格差だ。トップの神奈川県には日本を代表する重化学工業コンビナートを擁する京浜工業地帯が立地していたことが、その分かりやすい例示だろう。

一方、2010年のデータで同様の分解をすると、様相は大きく変わっている。東京都が他道府県を大きく引き離して労働生産性トップとなっている。東京都を除く46の道府県間では地域間格差はかなり縮小しているようにみえるが、そのことが逆に東京都の独り勝ちを目立たせている。

また地域間格差の源泉も大きく様変わりしている。例えば東京都の資本装備率は、全国平均の資本装備率よりもむしろ低い水準にある。

それでは、東京都の労働生産性を他の道府県と比べて高く押し上げている要因は何だろうか。それは東京都の高いTFPと労働の質である。

TFPは産出から、各要素投入量にそれぞれの限界生産性を掛けたものを差し引いた値として求められる。そのことは、時系列の成長をみる場合でも、ここで議論しているようなクロスセクションでの生産性水準比較でも、計算方法こそ違えども本質的には同じだ。従って労働生産性格差の源泉の1つにTFPを挙げるだけでは、格差の源泉に十分に迫り得たとは言えない。

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そこで産業部門に分解した分析ができるR-JIPデータベースの特性を生かし、どの産業内でのTFP格差が全体の労働生産性格差に大きく貢献しているかを調べた。その結果、最近では民間・非営利のサービス業や卸小売業での地域間のTFP格差が重要であることが分がってきた。

この結果を巡っては、やや意外に感じる読者も多いだろう。なぜなら、国際競争にさらされてダイナミックな革新と生産性向上を実現しているのは製造業であり、サービス業や卸小売業ではさほど注目すべき生産性向上はみられないというのが一般通念になっているからだ。

しかし問題にしているのは生産性の伸びではなく、地域間の生産性水準の格差であることに注意が必要だ。そしてもう1つ、今や製造業の占める付加価値の割合は約3割であり、就業者シェアでみるとその比率はさらに低くなるという事実も踏まえる必要がある。またここでのサービス業の中には研究開発、情報サービス業など、人材の質が特に重要な分野も含まれる。

どの産業内でのTFP格差が全体の労働生産性格差に効いているかを計算する際には、各産業内での地域間TFP格差の大きさに加えて、各産業の地域経済に占めるシェアが影響する。サービス業や卸小売業の産業内での地域間TFP格差自体はそれほど大きなものではないとしても、これらの産業の地域経済全体に占める大きなウエートが重要な影響を及ぼしている。

そして東京都に相対的に高い労働生産性をもたらしているもう1つの要因が、就業者の「労働の質」の高さだ。このことを別の角度からみるため、横軸に東京都を1として作成した「労働の質」指数を、縦軸に東京都を1とした労働生産性をとって47都道府県の分布を示した(図参照)。この図はR-JIPデータベース2017を基に作成したもので、10年のデータだ。

図:都道府県間の労働生産性と「相対的労働の質」指数の相関(2010年)
図:都道府県間の労働生産性と「相対的労働の質」指数の相関(2010年)
(注)縦軸、横軸共に東京都を1として作成
(出所)R-JIPデータベース2017

「労働の質」指数は同年の「国勢調査」からデータをとり、都道府県別・産業別就業者の属性(性別・年齢階層・学歴・就業上の地位)構成を基に、属性間の相対賃金に生産性格差が比例するとして作成した。例えば「労働の質」指数が2割高ければ、同じ労働時間の投入に対して2割高い効率単位の労働投入がなされているとみられる。

図から読み取れるのは、地域の就業者の「労働の質」と地域の労働生産性の間の正の相関だ。もちろん、これだけでは因果関係は分からない。高い質の人的資源が供給できる地域に生産性が高い産業が立地したのか、あるいは逆に生産性の高い産業が集積している地域に高い質の人材が集まっていったのか、両方の可能性が考えられる。

また同様の図を過去に遡って作成して比べると、地域間の就業者の「労働の質」格差はこの約半世紀で縮小してきた一方で、正の相関の傾きは最近になるほど急な右方上がりになってきている。このことは前述の労働生産性格差の要因分解の結果とも符合しており、サービス業の中に含まれる人的資本集約的な産業の立地が地域の生産性格差をより一層左右するようになってきたことを裏付けている。

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以上指摘した事実から、地域産業活性化に向けてどのような教訓が得られるのだろうか。地方に暮らして見聞する限りでは「工業プラン」や「工業団地」といった言葉は耳にするが、この半世紀の間に経済構造全体に占めるウエートを高めてきた幅広いサービス分野に関しては攻めの議論をあまり聞いたことがない。

確かにサービス分野の多くでは「消費と生産の同時性」があり、人口規模による集積の利益が働くことが多いのも事実だ。だがインターネット時代には、そうした不利を乗り越えるチャンスもあり、そうした起死回生の逆転打を生み出すには人材の育成が欠かせない。特に産業の特性が人的資本集約的になった現代では、高生産性産業の立地には高度人材が不可欠だ。そうした人材を他の地域から集めてくることは多くの地域にとって容易ではないだけに、地方自らが育成するしかない。

2017年8月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年9月1日掲載

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