地域企業の人材問題とその克服

徳井 丞次
ファカルティフェロー

深刻化する地域企業の求人難

江戸川柳の「唐様で売り家と書く三代目」を引くまでもなく、事業を長期にわたって継承していくのは難しい。この川柳に「三代目」とあるのは、創業者のバイタリティーと苦労、その背中を見て育った二代目までは盤石だが、それに続く三代目あたりから危ういという意味だ。しかしそれだけでなく、一世代を約30年と勘定すると三代目で約100年になるので、その間に事業環境も大きく変化してきているはずで、それへの適応も課題となる。

さらに、現代の日本では、少子化による労働力人口の減少が始まったことで、地域の中小企業は深刻な人材難に直面し始めている。『2018年版 中小企業白書』も「深刻化する人手不足の現状」に1つの章を当てている。そのなかで引用されている日本政策金融公庫「全国中小企業動向調査」によると、経営上の問題点として「求人難」を挙げる中小企業の割合が近年増加の一途をたどっていて、バブル期のピークに迫る勢いとなっている。

地域企業についての情報不足も深刻

こうした人手不足の状況に中小企業がどう対応しようとしているかについても、白書が分析している。しかし、それらにもう1つ課題を付け加えると、中小企業側の自己アピール不足も指摘しておくべきだろう。細谷祐二『地域の力を引き出す企業』(ちくま新書)が指摘するように、日本の中小企業のなかには「グローバル・ニッチトップ企業」と呼べるような優良企業が数多く存在する。あるいは、江戸中期から300年以上続く老舗企業も存在する。ところが、こうした小規模ながらも優良な中小企業のことを知っている人が、地元にも驚くほど少ないのだ。

このことについては、当該企業の経営者、その関連業界の人達、中小企業論研究者の一部などと、それ以外の大多数の人々との間に、極めて大きな情報の非対称性が存在する。とは言っても、そうした世の中の一般の人々が当該企業の社長さんに向かって普段失礼なことを言うはずもないので、この認識ギャップがこれまではそれほど深刻に受け止められてこなかったのが現実だ。ところが、日本の人口動態を背景に人材難が今後も長期にわたって続くとなると、やはり当の中小企業自身にも将来のビジョンを明確に打ち出しつつ人材募集を図ることが必要になってきた。

「人生100年時代」の人材マッチング

一方、中小企業の経営力を高めると同時に中核人材の不足を補う一石二鳥の方策として、都市部に本社を置く大企業等で経験を積んできた人材を地方の中小企業に人材紹介することを専門にする会社も昨今は多数存在するようになっている。確かに、「人生100年時代」と言われる長寿社会になった今では、人生の途中で適時にスキルアップを行いながら、それまでの経験を活かして、第二、第三の職場で活躍することが働く側にも必要になってきた。

日本でもベストセラーになったリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの『LIFE SHIFT』は、長寿を厄災にしないためには「仕事を長期間中断したり、転身を重ねたりしながら、生涯を通じてさまざまなキャリアを経験する――そんなマルチステージの人生を実践すればいい」と喝破している。人材難に悩む地域企業は、働き手側が迫られている新しい人生設計に対応して、経営力を高める中核人材を求め、会社の将来ビジョンを打ち出しつつ自社を積極的にアピールして広範な人材獲得に繋げれば良いというわけだ。

人材マッチングに伴うコーディネーション問題

しかし、人材紹介会社等の登場にも拘わらず、地方の中小企業の人材ニーズと、「人生100年時代」の人生設計を考える熟練人材との人材マッチングは十分に活用されているとは言えないのが現状だ。先に言及した白書でも、中核人材不足への対応方法に「大企業人材等の外部人材の出向・兼業・副業等による活用」を挙げた企業は8.1パーセントに留まることを報告している。

こうした人材マッチング機能をより効果的に働かせるには、次に挙げる2つの障害を回避しなければならない。その1つは、雇う側の中小企業の立場に立ってみれば、いくら大企業で活躍して経験を積んだ人材といっても、大企業と中小企業とでは直面する経営課題も異なることから、自社の経営に役立つ人材であることを見極めた上でなければ採用にはなかなか踏み切れない。他方で、応募する人材側からすれば、世の中に多数存在する中小企業のなかから事業意欲の高い企業を選んで、自分の人生の第二、第三局面を託すにはあまりにも情報不足なのだ。ここでも、両者の情報の非対称性の問題が深刻な状況である。

こうした情報の欠如によるマッチング機能の不全は、経済学でコーディネーション問題と呼ばれている。潜在的な売り手と買い手が、取引対象の品質や取引条件を詳しく知らなかったり、ましてやそうした潜在的取引相手の存在そのものを知らない場合には、双方が取引相手を探したり詳しい情報を集めたりするのにコストがかかり過ぎて取引自体を諦めてしまうことになってしまう。こうしたコーディネーション問題が存在する場合には、組織的な介入によってマッチング機能を促進することが必要だ。

人材マッチングの促進策が必要

マッチング機能促進策の具体例として、自分が所属する大学の取組みをここで挙げるのは汗顔の至りだが、面白い解決策の1つに成りうるかもしれない。それは、「信州大学100年企業創出プログラム」という名称の実践型リカレント教育プログラムだ。経営課題解決とそのための中核人材採用を希望する長野県内企業に手を挙げてもらう一方、その課題解決提案に挑戦したいという意欲のある人材を募って両者をマッチングさせ、大学内で客員研究員というポジションを6カ月間使って課題解決に取り組んでもらうというスキームだ。幸い、中小企業庁の今年度の地域中小企業人材確保支援事業(中核人材確保スキーム事業)に採択され、また政府系人材サービス会社である日本人材機構の支援を得ることができ、初年度は順調な滑り出しと聞いている。

このスキームの着眼点は、人材側と企業側の情報ギャップを解消するには、地域企業の具体的な課題に取り組んで、その成果を企業側に評価してもらうのが手っ取り早いというものだ。その触媒として今回は大学が手を挙げた格好だが、触媒役にこれから様々な機関が名乗りを挙げるようになるかもしれない。経営環境の変化をものともせずに長期にわたって元気で存続する企業を地域で数多く輩出することが何よりの「地域創生」であり、それを支える人材獲得は、いまや必須の課題になっているからだ。

2018年10月12日掲載

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