コロナショックの産業間・地域間波及の特徴

徳井 丞次
ファカルティフェロー

2020年春以降われわれの生活を一変させてしまった新型コロナウイルス感染症の出口は、ワクチン接種が始まった今もまだ見通せない状況である。集団免疫によって感染爆発のリスクがコントロールされるまでは、社会経済活動に制約をかける感染対策が今後も発動され、それに伴って生じる経済的損失を補う政策も求められることであろう。

これまで政府による二度の緊急事態宣言に加えて、外出自粛要請、テレワークの推奨、休業要請、営業時間短縮要請などさまざまな感染対策のための措置がとられてきたが、1年近くの経験を踏まえて、これまでとられてきたそれぞれの措置の感染対策効果と、それと並行して生じてしまう経済的損失の大きさを評価することが、政策選択の優先順位をつける上で求められている。

政府に置かれた専門家会議などの分析を経て、感染対策上の効果については絞り込みがされてきており、2020年春の一度目の緊急事態宣言下でとられた広範な制限措置に比べて、2021年1月からの二度目の緊急事態宣言の下では対象を絞った措置で一定の効果をもたらすことができた。

それに対して、コロナ禍で生じた経済的損失が、何によってどの程度もたらされ、それがどの産業に集中し、産業連関や地域間の経済取引を通じてどのように他の産業や地域に波及していったかについては、データに基づく十分な事実確認をされることなく、個別事例の紹介にとどまっている感が否めない。これでは残念ながら、賢明な政策の優先順位を付けられているかどうか心細い状況である。

われわれはこうした問題意識から、都道府県間産業連関表を使って、2020年春から夏にかけての経済活動の落ち込みが地域と産業にどのように波及していったかを要因分解した(詳しくはディスカッション・ペーパー21-J-010を参照)。経済活動落ち込みの発端としては、外出自粛や休業要請、営業時間短縮要請などによって変化を迫られた消費行動と、世界経済と貿易の急激な縮小によって生じた輸出の減少に着目している。

地域間産業連関表による分析は、個別の地域と産業で生じたこうした発端の変化が、地域と産業を越えた経済取引を通じてどのように波及していくかを追っている。個々の地域と産業で起った変化がどのように全国のさまざまな産業に波及していったかを求めて積み上げる計算となっている。ここから特定の地域と産業で起こった変化を分解して取り出すことも可能で、それによって、今後取られる感染症対策で特定地域の特定産業の活動制限を行ったときの波及効果の大きさを予測することもできる。

ここでは、われわれが着目した2つの結果を紹介しよう。まずその1つ目は、2020年5月に経験したこの年の最も大きな経済活動の落ち込みの原因についてである。4月から発動されていた緊急事態宣言は、5月に入っても続き、39県の緊急事態宣言解除が5月14日、近畿圏の解除は5月21日、北海道と首都圏ではさらに解除が遅れ5月25日まで続いた。例年なら旅行と消費が盛り上がる5月のゴールデンウィークがまるまる緊急事態宣言解除の期間に重なったことは、消費を落ち込ませて経済活動水準の異例の急落につながったと多くの人が理解しているのではないだろうか。

確かにこの時の消費の落ち込みは大きなものであったことは間違いないが、それは5月の経済活動水準の落ち込みの約半分を説明できるに過ぎない。3月から5月にかけて世界貿易はまるで坂道を転がり落ちるような縮小となり、日本の輸出も急速に縮小していった。実は、2020年の5月の経済活動水準の大幅な落ち込みの残り半分は、この輸出の減少によってもたらされていたのである。日本の輸出の中心である製造業は、産業の川下である完成品組み立てから川上の部品、素材供給までサプライチェーンが厚く張り巡らされており、当初のインパクトが拡大されてさまざまな地域に波及することになった。

われわれはまた、内需要因の波及を域内効果と域外効果に分解した。ここでは、ある都道府県に発した内需インパクトが、産業連関を通じて同じ都道府県に波及してくるのを域内効果、産業連関を通じて他の都道府県に波及していくのを域外効果と呼んでいる。両者の大きさを比較すると、おおむね域内効果が域外効果を上回っていることが観察された。

同じことは、東京都や大阪区で2020年5月にとられていた自粛効果を抽出して、他の地域への波及効果の大きさをみることによっても確認できる。東京都での自粛の影響を最も受けるのは隣の神奈川県だが、その規模は東京都の10分の1程度にとどまる。また、大阪府の自粛の影響を最も受けるのはやはり隣接する和歌山県だが、その規模は大阪府の5分の1程度である。

コロナ禍の内需要因のインパクトが同一都道府県の域内効果にとどまる率が大きいのはなぜだろうか。それはコロナ禍の自粛で売り上げに打撃を受けた分野が外食などサービス業に集中しているからである。その一方で、家電製品などは「巣ごもり需要」のためむしろ売れ行き好調である。製造業が部品から組み立てまで複雑な産業連関を構成しその地理的範囲も広範であるのに対して、サービス業の産業連関は薄くその地理的範囲も限られている。このため、今回のコロナ禍で主に打撃を受けたサービス業の産業連関波及範囲は、その多くが同一都道府県内にとどまっているのである。

以上の2つの事実を踏まえると、コロナ禍のなかでも世界経済が縮小均衡に陥らないようにすることが、大きな経済的損失を回避する上で最も重要なことである。その上で、国内の感染対策と社会経済活動のバランスは、都道府県単位の地域レベルで比較秤量して決定することが十分に合理的である。地域の感染拡大状況に応じて感染対策のための社会経済活動の制限を行った場合には、その経済的損失は同一地域内の目に見える範囲で十分把握可能で、それに基づいて対策をとればよい。ただし、この議論の唯一の例外は、人の移動を伴って消費活動が行われる輸送や宿泊など旅行関係分野で、その性質上から産業連関とは別の意味の地域間波及があることに留意が必要である。

2021年4月8日掲載

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