中国の『産学研』連携

角南 篤
RIETI研究員

「学・研」発ベンチャーの発展

中国では、「産学官連携」のことを「産学研合作」と呼ぶ。「官」ではなく「研」となっているのは、中国科学院といった公的研究機関が大きな役割を担っているからである。この「産学研合作」推進の10周年にあたる昨年、北京の清華大学で記念シンポジュームが開催された。

改革解放以前の中国では、研究開発は主に公的研究機関や大学が担っていたため、科学技術の産業化を担う「産」の研究開発能力の育成が改革の出発点であった。国有企業の改革が遅れる中で、新たな「産」の担い手として注目を集めているのが民営科技企業とよばれるスタートアップである。大学や公的研究機関は、自ら企業を設立することで、TLOのようなやり方では難しい「産」への技術移転を直接行ってきた。「大学発ベンチャー」(校弁企業)はこのような中国固有のイノベーション・システムの中で生まれ、中国市場の拡大とともに大きな発展を遂げてきた。

図1校弁企業の総収入
(出所)中国統計年鑑 2002年、http://www.cutech.edu.cn/
中国教育部科技発展中心の資料に基づいて作成

現在、校弁企業の数は5000社を超えているが、そのほとんどが北京に集中しており、校弁企業による総収入も北京大学と清華大学の経営する企業集団が3割以上を占めている。北京大学の方正や清華大学の紫光のような代表的な企業は、すでに国外でも広く知られはじめている。

大学、公的研究機関の改革

中国は、「科学技術は第一の生産力」というスローガンの下、研究開発機関をとりまく制度改革を積極的に進めてきた。大学の法人化などは90年代より行われており、いくつかの省庁のもとに乱立していた大学を整理し、それぞれの大学が国からの交付金以外に自由に資金調達ができるようになった。代表的な大学では、経費の半分を、関連する校弁企業からの利益の上納など、自前で調達している。

公的研究機関の改革では、中国科学院の「知識イノベーション・プロジェクト(98年)」が成果を上げている。科学院も大学と同様、所属する研究所単位で企業の設立を介した技術移転を行っている。R&D支出が近年増えていくなかで、研究機関間の競争を促し、科学技術資源を新しい産業の創出につなげてゆくことを目指している。

また、学校設立に関する規制・設置基準を緩和することにより、新たな民営大学も設立されるようになった。東北大学東軟情報技術学院のように東軟集団という校弁企業がIT開発人材の育成を目的にした大学を新設するという例もある。

しかし、大学の企業経営については課題も多い。研究機関や大学の市場参入を担った校弁企業は、市場の動向を的確ににらんだ意志決定を独立して行い、徹底した能力主義で人事管理を目指すという、国有企業では見られなかった企業家精神の文化を生み出した。その結果、中国のハイテク開発における重要な資産となってきた反面、公的な研究機関あるいは教育機関が不慣れな企業経営から生じるリスクをどう管理するか、公的機関の所有権の問題が必ずしも完全に整理されていない状態では難しい面も残されている。

そうした中で経営に問題のある校弁企業の整理も始まった。6000社以上あった校弁企業の数も過去5年間で5000社程度になっている。清華大学など一部の大学では、配下の校弁企業をホールディングカンパニーに管理させ、直接企業に資金提供するのではなく、大学インキュベーションなど間接的で多様な技術移転を行っている。清華大学の大学与企業合作委員会のようにリエゾンからTLOまで大学のあらゆる産学連携を包括的に支援する組織が今後も重要な役割を果たしていくことが期待される。

ハイテクパークと創業支援

中国政府は、ハイテク産業の創出に有利な環境整備を目的とし88年に「タイマツ計画」をスタートさせた。科学技術部によると、53の国家級ハイテクパークは、2000年末までのパーク内の企業数が2万社以上、従業員は251万人、総売上高も9209億元と大幅な伸びを示して中国全土に広がっており、チベット、青海、寧夏の三自治区以外すべての省、自治区、直轄市で管理運営されている。

また、創業者支援としては、ハイテクパークに併設されているインキュベーターがある。2001年末までに設立されたインキュベーターは日本の2倍以上の465カ所に上り、総面積768万平方メートルに達しているといわれている。

図2インキュベーター数の推移

その結果、設立された企業は1万5449社で従業員29万2000人(うち帰国者は4100人)、卒業企業は3887社、うち32社が上場に至ったとされる。今後、こうした政策の成果は客観的な評価の必要があるが、「学・研」と「産」の間の溝を埋めるべく、中央と各自治体が一体となって仲介組織を積極的に支援していることは明らかである。

外資系R&D機関との産学連携

近年、マイクロソフトやIBMのような世界の代表的ハイテク企業が中国に本格的なR&D拠点を設立しており、中国にとっては、海外からの優秀で経験豊富な人材の供給と、将来性豊かな若手の人材育成とを同時に可能にしている。昨年発表されたマイクロソフト研究所による中国政府へのソフト開発人材育成支援(「長城計画」)は、外資系R&Dセンターが中国の研究開発能力を高めることに貢献した典型的なケースになっている。また中国政府は、今年の3月に外資との合弁による学校経営など教育ビジネスへの参入規制を一層緩和する奨励策を打ち出した。

日本の一部大手メーカーも最近、中国のトップ大学とインターンシップ制を導入するなどこれまでにない対中人材戦略を展開し始めた。外資系企業にとっても、R&D拠点の中国現地化は、優秀な研究開発人材が豊富であり、相対的なコストが低く、中国市場のニーズに迅速に対応でき、また、付加価値の高いR&Dの現地化により中国での企業イメージが高まるといった理由で、今後も拡大していく傾向にある。

研究開発人材をめぐる国家戦略と今後の展開

最近中国で、2つのタイプの人材が注目されている。1つは、「下海」と呼ばれる公務員から創業者として民間に転進した人材であり、もう1つは、「海亀」と呼ばれる海外から帰国して研究者や創業者として活躍している人材である。

中国は、遅れていた科学技術をいち早く国際水準に近づけるために、最先端の研究を支える人材の不足を克服する目的で、国内の限られた人材を適材適所に効率よく配分し、海外に留学している優秀な人材を呼び戻す政策をとっている。国内の地理的な労働移動に関して戸籍制度などの障壁が存在するが、科学技術分野については例外的に扱っている。

政府は、資金面や居住環境で優遇政策を実施し、各国の留学生組織と連携しながら就職斡旋活動も積極的に展開している。その結果、昨年の留学帰国者は、7000人を超え、なかでも北京中関村には1000人が帰国し、うち350人がベンチャーを立ち上げたといわれている。

85年の「科技決定」に始まる改革が、研究開発人材の雇用環境の柔軟化と人材の流動化を可能にした。北京、上海といった沿海部とその他地域との格差は大きいが、研究者の流動性や若手研究者の独立性が高く、「固定研究員」と「流動研究員」を併用した米国のPI制度に近いような研究環境を整備しているところも多い。そうした中から、稲ゲノムの解読など世界的な研究成果が出てきている。

兼職と職務発明による報酬制度の整備も進められている。なかでも、兼職の促進は、中国の「産学研」連携の発展の足がかりになった。最近では、企業内での研究開発を促す上で、研究者に職務発明による利益の一部還元を約束するインセンティブメカニズムが法制化され、大学や公的研究機関に属する研究者にも適応されている。

中国政府は、個々の支援政策の評価と研究を行うと同時に、大学のほかとくに中国科学院の役割に注目し、産学研連携をプラットフォームにした国際間ネットワーク作りや人材と仲介機能の発展をもたらす政策を強化すると発表した。中国の「産学研」連携の展開には今後も目が離せない。

2003年7月号 『InterLab』No.57に掲載

2003年6月18日掲載