「科教興国」中国から学ぶもの-注目される「大学発ベンチャー」-:投稿意見

角南 篤
研究員

「科教興国」の意味

東京国際大学経済学部 橋田 坦

中国のいう「科教興国」とは、科学技術と教育に大きな力を投入して、人々の科学技術の素質を向上させ、農業技術と農村経済レベルを上げ、工業技術のイノベーション能力を高め、産業構造を調整し、現代科学技術で企業を武装し、ハイテク産業を発展し、国防近代化を達成し、科学によって資源利用の開発や環境保護を行い、人々の生活の質と健康レベルを向上させることなのである(朱麗蘭等編著、『科教興国』、1995年)。

まさに科学技術こそ生産力であって、それがすべての問題を解決できるといった楽観的な発想にみえる。しかし、後進国である中国が科学技術で先進国にキャッチアップすれば、かなりの問題を解決する「能力」を持つことができる、というように読み替えると、二十一世紀における中国の戦略が見えてくる。
科学技術発展の駆動力となるのは人材であって、教育がきわめて重要である。そこで、「科教興国」に「教」が含まれていることに注意しなければならない。現在のところ、中国における科学技術の種子(シーズ)の多くは、先進国からもたらされたものである。二十一世紀には、中国自身が独創的な種子を見い出さねばならないので、まず人材育成から取りかかったのである。海外から留学生や起業家を呼び戻しているのは、いわば「つなぎ」の戦略である。
1998年に教育部が公布した「二十一世紀に向かっての教育振興行動計画」を読むと、国民全体の資質向上、高等教育の質と効率向上といった目標以外に、高次の創造性を持った人材育成工程(プログラム)、重点大学建設のための211工程、大学ハイテク産業化工程、といった具体的なプログラムが目に付く。

中国の考えでは、科学技術にいくら資金を投入しても、成果が産業化されなくては、資金は無駄になる(中国では基礎研究を重視しているが、一定の限度に止めている)。そこで、大学や研究機関からの知識のスピルオーバー、すなわちベンチャー企業のスピンオフに積極的に取り組んだ。1980年代以降に試行錯誤の結果、いくつかの校弁企業(大学からのスピンオフ)、院弁企業(中国科学院からのスピンオフ)が、大企業に育ってきた。米国のシリコンバレーに比べるとまだ不備はあるが、産業化の制度はかなり完備されている。
北京市中関村だけでもハイテク・ベンチャー企業が約5000社、中国全土ではこの10倍以上存在しているということは、教育と産業化がかみ合って良性循環の段階に入ったと考えられる。世界的不況の中で中国だけは活況を呈しているが、とくに勢いがあるのが中関村を含めた各地のハイテク産業開発区で、かなりの量の余剰資金がこのセクターに流れ込んでいるようである。とすると、中国のハイテク産業発展では、政府が制度をつくり、民間(「民営」と称している)がそれを活用して発展するというモデルが、すでに機能しているようだ。

残念ながら、日本には教育、研究、スピンオフ、産業といった一連のプロセスを実行している集積地点はない。個々の機能が日本全体に拡散している、という見方もできるが、それらは個別に活動してネットワーク化されているとは言いかねる。集積の場所を急いで整備するか、あるいは既存の機能をネットワークで結ばないと、中関村の発展から置いてきぼりを食うことになる。

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