対中 手足縛る「主体的外交」

添谷 芳秀
RIETIファカルティフェロー

中国の台頭が著しい。東南アジアの国々は、中国との関係に自分たちの将来を託さなければならないと腹をくくったようにみえる。安全保障面や歴史的経験に裏打ちされた中国の大国主義への本能的警戒心を捨てきれないものの、中国が仕掛ける自由貿易構想に魅力を感じ、前向きに反応している。

韓国は、北朝鮮問題をはじめアジア政策全般のなかで、とりわけ中国との関係を重視している。韓国政府にとって、先週の盧武鉉大統領の訪中は、それ以前の訪米、訪日と比べて問題の少ない外交であった。韓国の世論やマスコミの受け止め方も好意的で、大統領の日米への訪問が厳しい批判にさらされたのとは対照的であった。

米国のブッシュ政権は、当初こそ中国を「戦略的競争相手」と名指ししたものの、現在は共存を目指している。米国にとって9.11テロ後はテロとの戦いが最優先課題となり、北朝鮮問題への対応でも中国との協力がますます重要になりつつある。経済戦略に照準を合わせる中国も、米国との対立は周到に回避するようになった。

こうしたなか、少なからぬ日本人が、中国への違和感を抱き続けている。確かに、台湾問題や歴史カードを強調しすぎることで、中国に好意的であった日本人までをも中国嫌いにしてしまったことは、中国外交の失態であった。しかし、そのことが98年11月の江沢民主席訪日の失敗で明らかになった直後、中国は対日政策の軌道修正を図った。

翌年10月、故小渕恵三首相の設けた「21世紀日本の構想懇談会」が訪中した際に、中国側が私たちメンバーに具体的に伝えたことは、今後は、歴史問題と安全保障問題を率先して突きつけることは止めるということであった。ある中国の要人は、江沢民訪日時の対日政策を「目的は正しかったが、手段が悪かった」と語った。

それが単に戦術的転換なのか、より本質的な政策変更なのか、見方は分かれるだろう。確実なのは、99年に対日政策の軌道修正を図った背景には、経済中心戦略があるということだ。そしてその中国の新外交が、米国との協調関係を演出し、東南アジアを動かし、朝鮮半島をにらむ。

それでも日本は動かない。というより、政治家や国民世論の嫌中感情と対中強硬論が足枷となって、政府の身動きがとれない。小泉首相も、靖国神社参拝問題で自らの「筋を通す」ことを最優先し、対中外交に積極的ではない。その方が国内的にはかえって無難であることに、問題の根の深さがあるように思う。

しかし、この状況は、対米外交と並んで重要であるはずの対中外交の空洞化を意味する。そして皮肉なことに、良好な日米関係と安定した米中関係が、日本の対中外交の無作為を支えている。たとえば、北朝鮮問題の主導権は、今や米中両国にあり、日本は日米同盟を通してかろうじてぶら下がっているだけだ。日中協力という外交カード活用していく展望は全くみえない。

そこには、「主体的外交」を唱えているはずの対中強硬論が日本外交の手足を縛り、結果として日本外交の主体性を損ねているという逆説的状況が浮かび上がる。

同時に国内には、米国に追従しがちなことに対する不満も大きい。しかし対米外交においても、米国に対して主体性を発揮しようとすればするほど、結果的に日本の対米依存が深まり、実は日本外交の主体性が制限されるという逆説が存在する。

たとえば、日本のナショナリストは、しばしば集団的自衛権の行使を主張する。そのことで、自衛隊の役割を拡大し、日本の主体性が高まることを期待する。しかし、集団的自衛権の行使を認めれば日本は米国と共に戦うことになるわけだから、米軍と自衛隊はますます一体化するはずである。日本の主体性が高まれば、それだけ日米同盟が緊密になるのである。

外交論議では、そうした日米同盟の重みについての洞察を踏まえることが大切だろう。日本は、その土台を踏まえて初めて、米国に対して率直にものが言える関係が築けると考えるべきである。

日本外交の現状に対する欲求不満から、中国を嫌い、米国追従を批判するだけの「主体性」論議は、戦略論として行き場がない。無意識のうちにせよ、日本を米国や中国と同列に置く視点にとらわれている限り、日本の対中外交と対米外交を整合的に両立させる外交論は育たないだろう。

こうした認識を踏まえれば、日本の対中外交の可能性はもっと広がるはずである。幸い当面は、米中対立は水入りである。中国も、日米同盟に極力異を唱えないという原則的立場を貫いている。日本はその間に、日中2国間、中国を含めた東アジア地域の経済的相互依存の制度化を一層促進すべきだろう。

そしてより長期的には、日本の非権力政治的なソフトパワーを活用し、中国に対する「市民社会戦略」を辛抱強く作り上げたい。多元化する中国社会との間に多様なネットワークを築くことは、中長期的に日本の対中外交の足場を強固にするし、中国の世界への統合を一層推進することにもなるだろう。

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2003年7月13日 朝日新聞「時流自論」に掲載

2003年7月15日掲載

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