ロシアの批准問題が意味するもの
9月末、モスクワで世界気候変動会議が開かれた。1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、ロシアが批准すれば発効する段階にある。京都議定書の運命をロシアが握っていることから、世界の注目が集まった。
しかし、ロシア大統領府は、すでに会議以前に、京都議定書に当面は批准しない方針を明らかにしていた。さらに、京都議定書の批准は、ロシアにとっては地球環境問題ではなく経済問題であると公言し、京都議定書の排出権取引を利用して、「ホット・エア」を日本や欧州にどれだけ高く売れるかが重要であるという姿勢をあからさまにした。さらには、京都議定書の批准に、WTO加盟交渉での条件闘争を絡める意向も示した。プーチン大統領は、ロシアは厳寒の国だから温度上昇には困らないと発言し、毛皮を買う金を節約できるという「ジョーク」すら口にしたという。
ことは単に京都議定書の発効問題にとどまらない。そもそもCOP3で締結交渉に臨んだ時点から、ロシアにとって京都議定書は経済問題であり、交渉でいかに有利な条件を勝ち取るかという外交問題であった。EUが「EUバブル」を獲得したことも含めて、京都議定書は、まさに各国によるしたたかな外交の結果に他ならなかった。
ホット・エア
京都議定書は、基準年とされた1990年時点での二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を、2008年から2012年にかけての5年間でどの程度削減するかに関して、先進諸国に数値目標を課した。主要先進諸国では、日本6%、米国7%、EU8%という数字が、交渉の土壇場で決まった。EUの数字は、EU加盟国の数値を足し引きしたものであり、加盟国内の調整はEUに任されている。米国はブッシュ政権が誕生するや否や離脱した。日本は乾いた雑巾をしぼるような懸命な努力をすべく準備を進めている。
とりわけその日本との比較において、ロシアが勝ち取った条件にはうらやましいほどのものがある。まず、ロシアの削減義務は1990年比プラスマイナスゼロ%とされた。ただでさえ1990年代の経済活動の停滞で、実際の排出量は基準年の1990年を大幅に下回っているのにである。さらに、ロシア代表団の強硬な主張の結果、ロシアの広大な森林による炭素吸収活動で見込まれる二酸化炭素吸収量(シンク)が、それまでの了解の2倍近い3300万炭素トンとされた。こうしてロシアの排出枠には膨大な余剰が生まれることとなり、各国、とりわけ日本が京都の削減義務を満たすためには、最終的にはロシアとの排出権取引に大幅に依存をせざるを得ない状況がほぼ確実視されている。
こうして、2000年時点で世界のエネルギー起源二酸化炭素排出量の6%を占めるロシアが、削減義務ゼロ%と大量のシンクにより、実質的な削減にあまり取り組まずにすむという事態が生まれることとなった。環境関係者は、いつしか温暖化緩和に寄与しないロシアの二酸化炭素排出枠を、「ホット・エア」と呼ぶようになった。上に述べたモスクワでの世界気候変動会議でのロシアの強気の姿勢は、こうした京都議定書の仕組を武器とした、外交的駆け引き以外の何物でもなかったのである。
京都議定書の実像
地球温暖化問題の交渉は、当初から南北問題の様相を呈し、京都議定書で途上国の削減義務は盛り込まれなかった。さらに、米国とオーストラリアが離脱した。京都議定書で削減義務を負う付属書I国から米国とオーストラリアを除いた先進国の排出量の合計は、1990年時点の数字で世界総排出量の35%しかカバーしていない。しかも、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の見通しでは、これら先進国の排出量が世界の総排出量に占める割合は、2010年に32%、2020年に29%に減少するものとされ、京都議定書で削減義務を負わない非附属書I国の途上国の排出割合は、2020年には50%へ増加するものと予想されている。(図1)
さらに、2000年のエネルギー起源二酸化炭素排出量の24%を米国一国が占めており、削減義務を負わない中国(13%)とインド(4%)、および削減義務ゼロ%のロシア(6%)を加えると、世界全体の排出量のほぼ5割になる。それに日本(5%)が加わると世界の5大排出国が揃うことになるが、この5カ国のうち日本のみが1990年比6%の削減に取り組むというのが、京都議定書の実像なのである。(図2)
今後の取り組み
いうまでもなく、以上の議論は地球温暖化問題への後ろ向きの議論ではない。京都議定書が地球温暖化改善にあまり寄与しないのであれば、違った道筋を考えることは、むしろ地球的公共財としての温暖化問題へのまじめな取り組みというべきであろう。
京都議定書の第2約束期間(2013年以降)に関する国際交渉は、2005年末までに開始される。米国や途上国の参加を確保して、真に実効性のある公平な取り決めへと発展させるためには、京都議定書を神聖化する後ろ向きの認識から早急に脱却する必要がある。その際日本に求められるのは、グローバル・イッシューとして地球温暖化問題の重要性を訴える原則外交であり、各国の国益丸出しのしたたかな交渉に立ち向かう現実外交である。