大国ではないという選択

添谷 芳秀
RIETIファカルティフェロー

昨今様々な国の人と議論していてよく耳にするのは、日本の存在感の低下や日本が危機から立ち直れない姿を嘆く声である。時に、日本はまだまだ重要であるとか、早く自信を回復して欲しいという激励が、外交辞令のように加わる。さらに最近は、日本の外交安全保障政策のタガが外れ、危機から抜け出せない日本が暴発するのではないかという懸念がささやかれ始めた。それは、北朝鮮の脅威に触発された日本が、核武装も含めた軍事大国化の道を歩むのではないかという心配をも含んでいる。

多くの日本人には実感がわかないに違いない。しかし、それだけになおさら、諸外国の脅威感の切実さと、日本国内での感度の鈍さとの間のギャップが目立つ。軍事的な日本脅威論は杞憂に終わるだろうが、重要なのは、そうした対日認識が実態を伴っているかどうかということよりも、それが日本外交の足枷となっていることである。とりわけ、社会党の自壊以来の戦後平和主義の後退に勢いを得て、ガスのように充満しつつある国家主義的雰囲気が、諸外国の対日認識に与えている影響は想像以上に大きい。

最近米国のキャンパスでは、アジアの留学生が、外国に対して強硬で歴史認識に保守的な日本からの留学生を、「日本のネオコン」と呼んでいるという。こうした若者の変化は、必ずしも日本全体が国家主義的になったことを示すものではないだろう。冷戦の終焉と55年体制の崩壊に伴い、日本国内で政治と外交に対する漠然としたフラストレーションが高まったことは、むしろ自然であった。多くの日本人は、55年体制に変わる新しい政策論の軸が不在であることに戸惑っているのだろうと思う。

日本の外交・安全保障論議が活発になったこと自体は、決して後ろ向きの現象ではない。重要なのは、日本がどのような外交理念を持ち、何を目標にするのか、すなわちこれからの外交像だろう。55年体制が崩壊してもう10年が経つ。私たちは、もうそろそろ55年体制崩壊の戸惑いから脱し、健全な論争軸を作らなければならない。

憲法も含めた戦後体制であれ、諸外国の対日姿勢であれ、不満を感じる対象に対してフラストレーションを発散するだけの自己主張は、やはり空虚である。日本の為政者が漠然とした「大国日本」のイメージを持ちがちなことにも、同じような問題を感じる。日本人が大国外交を唱えるとき、往々にしてその叫びは、大国外交には及ばない日本外交の現実を嘆くものであり、日本外交の実態の説明というよりは意気込みの表明であるものが多いように思う。事実、「大国日本」の実像はもっぱら経済に偏ったものであり、それ以外の外交や安全保障の領域では、「普通の国」としての役割すら果たせていないことの方が、日本外交の実態に近い。

権力政治に関与することを放棄した戦後日本外交の原点は、占領下の吉田茂の選択にある。平和憲法と日米安全保障条約を戦後日本外交の基軸に据えた吉田の決断は、軍国主義への反省を含んだ伝統的大国外交への決別という深い意味を持っていた。

その吉田路線は、伝統的国家主義本来のイデオロギーを牽制する重要な役割を果たしてきた。事実、伝統的国家主義者は、早くも50年代に、改憲を政治的アジェンダから取り下げ、中庸路線である日米基軸主義に吸収された。日米関係の「対等化」をスローガンに日米安保関係の強化を図った岸信介の対米外交が、その重要なさきがけであった。

それは、吉田の選択を源流とする、戦後日本の実質的な「ミドルパワー(中級国家)外交」の強靭さを示すものであったのではないか。その意味で、伝統的国家主義者とされる中曽根康弘元首相が、70年代初期に佐藤栄作内閣の防衛庁長官として、「自主防衛」を推進しながら「非核中級国家論」を唱えたことは大変興味深い。それは、彼にとって安全保障政策の基点を確認するコンセプトであった。80年代に首相となってから、緊密な日米関係の上に腰が据わった外交を推進したことも、事実上のミドルパワー外交の実践であった。

今日私たちが確認すべきなのは、戦後平和主義の後退に伴う国家主義の復権ではなく、大国間権力政治の舞台から降りた、実質的ミドルパワー外交としての戦後日本外交の軸の太さであろう。そこには、今日の小泉純一郎首相の外交につながるものがある。日米同盟に信頼感が伴うことが、日本のミドルパワー外交の根幹であるからだ。そうした外交にとって、対米従属のイメージは足枷にしかならないだろう。日米関係への信頼感が根底にあってはじめて、米国をどう利用するかということも含めて日本外交の主体性は高まるというべきである。
ただ、このことはミドルパワー外交の原点にすぎない。その原点が揺らいでいては先に進むべくもないが、本来日本外交が本領を発揮すべき領域は日米同盟の先にある。民主主義的理念を根幹に見据えたミドルパワー外交の目線から日米基軸主義の再設計を考えるとき、今後の日本外交には全く新しい視界が開けてくるのではないだろうか。

筆者及び朝日新聞社に無断で掲載、送信するなど著作権者の権利を侵害する一切の行為を禁止します

2003年6月8日 朝日新聞「時流自論」に掲載

2003年6月11日掲載

この著者の記事