朝鮮半島に映る日本の姿

添谷 芳秀
RIETIファカルティフェロー

東アジアの「4大国」という言い方がある。アメリカ、中国、ロシア、そして日本のことである。韓国の人たちからみると、自分たちが「4大国」に囲まれているという構図は、対外関係を考えるときの常識になっている。だから、朝鮮半島が統一した後に、日本と中国が朝鮮半島をめぐって勢力圏争いをすることを、本気で心配している。

金大中前大統領は、朝鮮半島統一後にも米軍の駐留が必要であることを、在職中に何度か語っている。その最大の理由は、日中対立を牽制するということであった。2000年6月に歴史的平壌訪問を果たした直後の金大中大統領に会見した際、首脳会談で金正日総書記もまさにその点に同意したと強調していたことが、いまだに強く印象に残っている。

果たして日本は、そのような地政学的抗争の舞台に再び舞い戻るのであろうか。多くの日本人は、そんなことはないと思っているに違いない。戦後日本外交の現実は、決して「4大国」の一角を占める「大国外交」ではなかったし、今後もそうなることはないだろう。

しかし、韓国を含めた多くの国の日本に対するイメージは、しばしば全く正反対である。責任ある立場の日本人の歴史問題や安全保障問題に関する発言や対応は、ほぼ本能的に「大国日本」の意思表明として咀嚼される。だから、北朝鮮の脅威に触発された日本の政治家のちょっとした発言が、「日本軍事大国論」や「日本核武装論」に飛躍する。

それが日本の実態を歪めた理解であることはいうまでもない。しかし日本は、そこに見え隠れする自画像の問題を、日本にとっての戦略的課題として受け止める必要がある。そうでなければ、日本はいつまでも国際政治の舞台で足場を固められず、そのことに対する日本国内の漠然とした、時に情緒的な不満が高まるという悪循環が続くことになる。

実は、この原稿を書き始めたちょうどそのときに、ロンドンからBBCラジオの電話取材を受けた。生放送につなぐ前の意見聴取であった。4月23日から25日まで北京で開かれた米朝会談(形式的には3者協議)で、北朝鮮が核保有を認めたことに対する日本の反応を聞きたいということだった。

先方が、日本が核武装の誘惑に駆られているというコメントを引き出したがっていたことは明らかだった。日本にその種の発想をする人はいるかもしれないが、政策として核武装に向かう可能性は全くないと返答すると、しばらくしてから、放送計画が変わったから今回の出演は必要ないという対応が返ってきた。

問題は、単なるマスメディアのセンセーショナリズムや、日本への無理解ということにとどまらない。日本国内での安全保障論議の意味を、平和憲法をはじめとする様々な条件を踏まえて丁寧に説明しても、それを感覚的に受けつけない認知構造が根底にある。日本は北朝鮮の脅威を利用して、虎視眈々と軍事的役割の拡大を図っているという視点の方が、ストンと彼らの胸に落ちるのである。

しかしながら、今回の3者協議が明確に示したように、日本は外交の役者として米中両国と対等ではない。事実、北朝鮮問題に対する日本の立場は、政治軍事大国である米国や中国よりもむしろ韓国に近い。日本と韓国が、自分たちが排除された今回の3者協議を了承したことも、日韓共通の立場を示していた。したがって、日本も韓国も、北朝鮮の核開発問題ではアメリカ主導の枠組みに依拠せざるを得ない。そして、日韓両国が主体性を発揮できる領域は別にある。

このように考えると、昨年9月の小泉純一郎首相による平壌訪問の決断の重みが改めて確認できる。そのとき日本外交は、明らかにブッシュ政権とは異なる目標を持っていた。緊密な対米関係をベースに核問題を正面から取り上げながらも、日本の軸足は、国交正常化にともなう北朝鮮への経済支援に置かれていた。しかも、日朝平壌宣言は、国際機関の関与も確保した上で、日本の経済的関与が指導層ではなく一般国民に行き渡る仕組みに関する合意を含んでいた。

確かに、北朝鮮の目的は体制の生き残りであり、国交正常化後の対北朝鮮支援が日本の思惑通り進む保証はない。しかし、小泉首相を受け入れたとき北朝鮮は本気であり、日朝平壌宣言でルビコン川を渡った。金正日総書記自らが拉致問題を認め、不審船の出所を明らかにしたことも、北朝鮮の体制と社会に長期的なボディーブロー効果を持つことになるだろう。

北朝鮮は、日朝交渉が頓挫すると、核開発シナリオをエスカレートさせることでアメリカに立ち向かった。しかし、核計画の廃絶を迫るブッシュ政権の原則的立場にはイラク攻撃に突き進んだのと同様の揺らぎない信念があり、米朝交渉の前途は多難である。

再び近い将来、日朝国交正常化交渉の出番が必ずやってくるだろう。そのとき、小泉訪朝の成果は、当然ながら新たな日朝交渉の出発点となる。そしてそこから、対米協調を維持しつつ、日韓協力の新しい地平を開くべきである。

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2003年5月4日 朝日新聞「時流自論」に掲載

2003年5月7日掲載

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