AIには難しい「コミュ力」 社会スキルを伸ばすには

小野塚 祐紀
研究員

3月になると大学生の就職活動が本格化する。この時期によく耳にするのが、「日本企業は学歴(大学名)とコミュ力(コミュニケーション能力)しか見ていない」ということだ。

その真偽とここでの「コミュ力」が何を指すかはとりあえずおいておくとして、社会的洞察力(他人の反応についての洞察力)、交渉力、協調力、調整力といった、「目標達成のために人とやり取りをする能力」は、近年、経済学でも注目度が上がっている。

ここではこの能力を「社会スキル」と呼び、近年注目が高まっている背景と、このスキルの育成に必要な観点について考えてみよう。

人間にとって、社会スキルはいつの時代も大事な能力であったはずだ。これが高ければ、さまざまな考えや知識を持つ人々と働くことが容易になり、新しいアイデアや解決策が生まれる可能性も高まる。

これまでは学習や問題解決に関わる知的能力、いわゆる「認知スキル」ばかりが注目されてきた。だが、技術進歩によりロボットや人工知能(AI)がこの認知スキルを代替しつつある。社会スキルは少なくとも今のところAIが身に付けるのは難しいと考えられているため、注目されているのだ。

理系でも必要不可欠に

2つのスキルの需要は、どのように変化してきたのだろうか。米国の研究によると、1980年代以降、生産技術が進歩したことでルーチンの仕事が減少し、抽象的思考力などの高い認知スキルを必要とする雇用が増加してきた。

だが、米ハーバード大学のデビッド・デミング教授らの近年の研究によれば、00年代以降は、高い社会スキルを必要とする雇用の割合が増え、そのような職の賃金の伸びも高いことが指摘されている。技術進歩に伴いSTEM(科学、技術、工学、数学)人材の需要が高まっているといわれているが、実はSTEM職であっても、社会スキルの必要性が低い職は減少していることも示されている。

さらに英オックスフォード大学のカール・フレイ教授らが、高い認知スキルを必要とする職さえも、今後AIが代替すると提唱した研究は大きな議論を呼んだ。彼らの予測は過大であるとの評価もあるが、独ZEW研究所のメラニー・アーンツ氏らの研究では、雇用の10%程度が今後20年の間に自動化されるリスクが高いとしている。

だが、これらの研究でも、社会スキルは自動化されにくいスキルの1つと見なされている。将来的にさまざまな仕事の専門領域の細分化が進めば、それらを円滑に横断できる社会スキルの重要性はより高まるだろう。

今後高い社会スキルを持つ人材を育成するために、現在どのような人がこのスキルを持っているのかを確認しておきたい。筆者は、米国勢調査局と各職業の日々の仕事や典型的な労働者の資格を評価する米労働省雇用訓練局が行った2種類の大規模な調査データを用いて、仕事で必要とされる社会スキルのレベルと、学校教育のレベル、年齢との関係性を確かめた。

それによると、仕事で必要とされる社会スキルのレベルは高卒者よりも大卒者のほうが高く、また、それらは年齢とともに上昇する傾向が見られた。つまり、学校教育と仕事の経験は社会スキルの上昇に寄与していることが示唆される。

認知スキルを用いて同様の関係性を確かめたところ、社会スキルの場合と同じく、仕事で必要とされるレベルは学校教育のレベルや年齢とともに上昇する傾向が見られた。しかしながら、年齢に伴う上昇傾向は社会スキルのほうがはるかに強く見られた。

大卒者を大学での専攻分野別に見た場合では、仕事で必要とされる認知スキルのレベルには20代の時点ですでに大きな違いが見られ、年齢に伴う変化も専攻分野によって異なった。

例えば、STEMを専攻した者は、20代の時点で非常に高い認知スキルを必要とする仕事に就いている傾向がある。だが、その後そのレベルが年齢とともに変化することはほとんどなかった。

一方で社会スキルの場合、仕事で必要とされるレベルは、20代時点とその後の年齢に伴う上昇の両方で、出身専攻分野による大きな違いは見られなかった。

これらの結果を見るに、従来重きを置かれていた認知スキルと同様、社会スキルも学校教育や仕事の経験を通して育成されると思われる。だが、認知スキルと比較して、社会スキルは仕事を通した育成の割合が大きい可能性がある。これは、仕事で本格的にチームとして働くことや、幅広い人々と交流することが、学生時代には得がたい経験だからかもしれない。

さて、これから日本でも高社会スキル人材の育成を進めるために、筆者は学校教育だけではなく、職場の変化も大事だと考えている。これまでの学校教育では認知スキルを伸ばすことに重点が置かれていた。大学を含め、座学を中心として先生から生徒に対する一方的な知識の伝達が主流だったのだ。

そうした方法は社会スキルの育成においてあまり効果的でないという批判から、双方向の授業やグループワーク、ゼミナールでの討論、プレゼンテーションなどに力を入れる学校も増えてきている。

このような学校教育の変化を歓迎する一方で、社会スキルを学校教育だけで十分に育成するのは難しいことも認識すべきである。 日本経済団体連合会のアンケート調査によれば、企業が新卒採用に際して重視した点は18年までの16年連続で「コミュニケーション能力」、ここでいうところの社会スキルが1位である。企業側は、大学卒業までに高い社会スキルを身に付けた学生を採用したいと考えているといえる。

だが、学校での社会スキル育成には限界がある。その重要性への認識が広まってきているとはいえ、学校教育には認知スキルの育成、知識の伝達の役割が第1にあり、社会スキルの育成とどれほど両立できるかは不明だ。

ホウレンソウでは不十分

さらにいえば、先ほどの分析に使用したのは米国のデータである。米国では、子どもの頃から人前で発表をし、団体運営に関わったり、交渉を通じて自分の意見を通したりする機会が日本と比べて多い。

その米国人の大卒者ですら、仕事で経験を積むことで社会スキルを大幅に伸ばしているとすると、社会に入る前に十分な社会スキルを身に付けることは難しいだろう。仕事の場は今後も社会スキル育成の役割を担う必要がある。

また、日本の場合はとくに、社会スキルが単なる情報伝達能力ではないことに注意する必要がある。「報告・連絡・相談」がビジネスマナーの基本としていわれているが、これらはどちらかというと一方向の情報の流れであり、異なる考えや知識の交わりといった双方向性が弱い。さまざまな立場や思考の人たちと意見を交わし、仕事を通じて社会スキルを伸ばす環境の整備も求められていくだろう。


要点メモ

  • 技術進歩に伴い社会スキルの重要性が指摘されている
  • 認知スキルと比べ社会スキルは仕事を通じて伸びる可能性あり
  • 社会スキル育成には職場での双方向性も重視すべきだ

『週刊東洋経済』2020年3月7日号掲載

2020年3月25日掲載

この著者の記事