非常時こそデータ収集を:大学での「オンライン授業」化から思うこと

小野塚 祐紀
研究員

新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、多くの大学において、卒業式や入学式の中止、新学期の授業開始日の繰り下げが行われている。そして、いつ事態が収束するか分からない中で、一部の大学では授業をオンラインで行う動きがでている。日本の大学ではオンライン授業はほとんど行われてこなかったが、これを機に広まることを期待している人もいるかと思う。筆者個人としても、一部の授業をオンライン化することは、教員の授業負担を軽減し、研究時間を確保するのに有効ではないかと考えている。

このようなことを踏まえ、当初、筆者は、大学でのオンライン授業に関しての経済学における先行研究をこのコラムでサーベイするつもりであった。2012年にCourseraやedXといったプラットフォームが設立されてから、MOOCs(Massively Open Online Courses)は一時期経済学でも大きな注目を集め、オンライン授業やオンライン教育に関する研究も行われている(サーベイ論文、McPherson & Bacow [2015]を参照)。しかし、今回、新型コロナウイルス感染症拡大防止のためのオンライン授業は、上に述べたような従来のオンライン授業とは状況や目的が異なっており、今までのオンライン授業に関する先行研究が必ずしも役立つわけではなさそうである。

「録画型」と「ライブ配信型」

上に述べたMOOCsや、海外の大学で行われている遠隔教育(distance learning)でも、学部レベルのオンライン授業というのは、おのおのの学生が好きな時にオンライン教材を学習する(asynchronous)方法が取られている。例えば、MOOCsでは受講者は事前に録画された授業の動画を見て学習をする。この方法をここでは、「録画型」授業と呼ぶことにする。もちろん、今回の日本の大学のケースでも録画型の授業をすることはできるが、Zoomなどのウェブ会議ソフトウェアを用いてリアルタイムに授業を配信する、「ライブ配信型」授業をしている場合もあると聞く。なぜ、従来のオンライン授業では録画型が取られ、今回の新型コロナウイルスの場合は録画型だけではなくライブ配信型もあり得るのか。

まず、録画型とライブ配信型授業の長所と短所を簡単に整理しておこう。録画型授業の長所としては、①一度録画してしまえば追加的な費用が(ほとんど)かからない、➁学生はいつでも録画された授業にアクセスできる、ということだろう。短所には、教員と学生間でリアルタイムでのコミュニケーションが取れないことがある。また、機材の準備も含め、授業の準備や録画にコストがかかることも短所に挙げられるかもしれない。録画型授業ではリアルタイムで質問できないので、ある程度の質の動画でないと学生側の不満が非常に大きくなる可能性が高い。文字の見えやすさや音声の聞こえやすさはもちろんだが、言葉の定義や説明の明確さについても、十分な注意が必要である。

一方、ライブ配信型授業の長所は、教員と学生がリアルタイムでコミュニケーションを取れることで、短所は、①学生は特定の時間に授業を聞かなければならない、➁教員は同じ科目でも毎回授業をしなくてはならない、ということだろう。また、学校や企業も含めた多くの所が同時に「ライブ配信」を行おうとした場合、通信網が耐えられるかという問題もあるかと思う。このように、一口に「オンライン授業」と言っても、録画型かライブ配信型で長所と短所がまるで異なることが分かる。

MOOCsとの違い

従来のオンライン授業と今回のオンライン授業では、状況や目的が大きく異なる。MOOCsや遠隔教育の場合は、規模の経済を生かすことが重要視されている。つまり、低費用でより多くの人に授業を届けることを達成したい。録画授業の配信であれば、大学側は非常に小さな追加費用で追加的なもう1人に授業を届けることができる。そして、録画授業にはいつでもアクセスできるので、働いていたり、遠くに住んでいたりという理由で物理的に大学に来て授業を受けることが難しい人々を取り込むことができる。ライブ配信するのでは、昼間働いている人や、地球の裏側に住んでいる人に授業を受けてもらうのは難しい。これまでほとんどの学部レベルのオンライン授業が録画型であったことはこのためである。

一方、今回の場合、授業の履修者は、本来物理的に大学で授業を行った場合と同じである。そして、彼らは皆、本来の授業時間には在宅していて時間があるはずである。つまり、「いつでもアクセスできる授業」、である必要がない。先に述べたとおり、いつでもアクセスできる授業というのは、録画型授業の長所の1つである。それに加え、今回は質の良い録画授業を作成するための時間もあったわけではない。日本の大学は普段からオンライン授業が行われていたわけでもないので、機材も揃っているわけでもない。さらに言えば、来年度以降、今回録画した授業が使えるかも分からない。つまり、今回の場合では、MOOCsら従来のオンライン授業の場合と比較して、録画型を取る利点が少ないのである。そのために、一部でライブ配信型授業が行われていると考えられる。

今だからこそのデータ収集

今回のオンライン授業化に当たっては、これが学生の学習(単位の取得、成績など)にどのような影響があるのかという懸念があるだろう。録画型授業をする場合には、McPherson & Bacow [2015]でサーベイされているような先行研究をある程度参考にすることができる。しかし、学部レベルでのライブ配信型授業について、学生の学習への影響を推定した先行研究はないか、あってもほとんどない。ライブ配信型授業が学生の学習にどのような影響があるのか予測するのに、今までの研究はあまり参考にならないかもしれない(注1)。

しかし、逆に言えば、大学の授業のライブ配信は、今この状況だからこそ行われ得ることであり、ライブ配信型授業の効果検証のためのデータを集める絶好の機会である。人によっては、ライブ配信型授業は今まで行われてこなかったのだから、今後事態が収束した後にそれが広まる可能性もないのではと思うかもしれない。しかし、ライブ配信型授業は比較的最近に現実的になってきたこともあるので、ライブ配信型授業が持つ可能性をわれわれは十分に知っているわけではないと思う。

それから、録画型授業と比較することによって、よりよいオンライン授業の在り方を生み出すのにも役立つだろう。例えば、ある科目において、録画型授業を受けるグループとライブ配信型授業を受けるグループにランダムに分けられれば、録画型授業と比較したライブ配信型授業の学習効果の因果推定が行える。今は教員も学生も混乱の中、手探り状態であると想像するが、今の経験を後に生かすためには、今だからしていることについて、分析可能なデータを収集することが大事である。

今まで大学でのオンライン授業について述べてきたが、非常時でのデータ収集の大切さは他のことについても当てはまる。新型コロナウイルスの感染が日本国内で初めて確認されてから感染者数は増え続けており、われわれの経済、社会生活は深刻な打撃を受けている。だが、「ピンチはチャンス」という言葉があるように、ピンチの時には、平時にはやらなかったこと・やれなかったことを行う機会を得られたり、危機に立ち向かうために知恵を絞った結果として革新的なアイデアが生まれたりする。その経験をきちんとデータに残し、分析をし、危機後に生かすことで、長期的には以前よりもより良い状態となりうると、筆者は信じている。

脚注
  1. ^ 教育工学(education technology)などの分野でオンライン授業に関する研究はされている。しかし、オンライン授業と学生の学習の「相関関係」ではなくて「因果関係」を推定したものは、私が今回調べた限り、ないように思われる。
参考文献
  • McPherson, Michael S. and Lawrence S. Bacow (2015), "Online Higher Education: Beyond the Hype Cycle," Journal of Economic Perspectives, 29(4), pp. 135-154.

2020年4月21日掲載

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