「推し活政治」を考える 直感の支配に歯止め必要

尾野 嘉邦
ファカルティフェロー

2月の衆院選は高市早苗首相が率いる自民党の圧勝に終わった。選挙戦では政策論争以上に、アイドルを推すかのように高市氏を熱心に支持する有権者の存在に注目が集まった。

政治家個人に有権者が感情移入し、親近感を持って支持する「推し活政治」とも呼ばれる現象である。

長い説明を必要とする政策の細部よりも「誰が政治を変えてくれそうか」といった印象が左右する。選挙の場では、政治家の表情やしぐさが大きな役割を果たしているように見える。

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有権者がどう投票先を決めるのかは、政治学の主要な研究テーマの一つである。従来の研究はとりわけ「政策」に焦点を当ててきた。人は自己利益の最大化を目指し、合理的に行動する。この前提の下、有権者は政策を比較し、自分の考えに最も近い政党や候補者に投票するとされる。

しかし多くの有権者が実際に政策を吟味して投票しているかどうかは疑問が残る。近年の研究では意識的であれ無意識的であれ、政策以外の要素が投票行動に影響を及ぼしていることが明らかになりつつある。

その背景の一つには、情報収集能力の限界がある。仕事や生活に追われながら、新聞記事やテレビのニュース番組から政治や政策に関わる情報を逐一チェックできる人は限られる。

さらに近年はSNSなどにも政治や政策の情報があふれている。人々が多様な情報源を常時参照しているとは想定できない。

こうした状況の下、有権者は情報収集のコストを抑えながら投票先を判断すると考えられる。その近道ともいうべき判断方法は「ヒューリスティクス」と呼ばれる。限られた手がかりから直感的かつ迅速に判断を下す認知過程を指す。

日常生活で人はすべての情報を精査して意思決定するわけではない。例えば道路の交差点では、歩行者や車の運転手は周囲の状況のすべてを確認することはない。代わりに信号機という手がかりに基づいて進むか止まるかを決める。

選挙も同様、有権者は何らかの手がかりを参照し、情報収集のコストを抑えながら投票先を決めている。ただ政治の場は交差点の信号機のように明確で信頼性の高い手がかりは少ない。相互に矛盾する多様な手がかりの中から適切なものを選ぶ作業は困難を極める。

思考を節約して判断するヒューリスティクスは政治の場にも

一見もっともらしいが誤った情報に依拠してしまう可能性もある。たまたま目にした写真や短い動画から伝わる候補者の性別や年齢、容姿、服装、表情といった要素は政策内容とは直接関係しない。にもかかわらず、有権者には判断の手がかりとなりうる。

「自分は政治家を見た目で選んでいる」と答える有権者は少ないだろう。しかしそれは、外見で投票先を選ぶことを否定的に捉える社会規範の影響によるもので、無意識の影響に気づいていない可能性がある。

筆者は2013年と16年の参院選を対象に、拓殖大学の浅野正彦教授らとこの点を研究した。すると候補者の容姿評価が5段階のうち1つ上昇するごとに得票率が約5ポイント高まる傾向が確認された。

これは僅差を争う選挙区で当落を左右しうる規模の効果だ。さらに24年の衆院選のポスターでは候補者の表情が笑顔であるほど得票率が高まる傾向がみられ、その効果は女性候補で特に大きい。有権者の性別役割意識やステレオタイプが女性候補の評価に強く影響している可能性がある。

このように投票行動がヒューリスティクスに依拠していること自体は新しい現象ではない。しかしその重要性は近年、より一層高まっていると考えられる。

その理由の一つに、人々の関心や注意(アテンション)をめぐる競争の激化がある。政治に関しても短時間の訴求を狙う過激な主張や感情的な訴えは注目を集めやすい。政治家や政治を扱うショート動画はネット上にあふれている。

もう一つは後援会や町内会、労働組合といった候補者と有権者との接点の弱体化である。こうしたつながりは政策や人柄を直接伝える役割を果たしてきた。しかし選挙制度や社会構造の変化に伴い、以前ほど機能しなくなった。

候補者との距離が広がれば、有権者は断片的な情報をもとに判断せざるを得ない。その結果、見た目や雰囲気などの直感的な手がかりの重要性が相対的に増したとみられる。そうした手がかりが候補者の全体的なイメージを形成していく。

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人物のイメージをめぐる競争は衆院選でも展開された。自民党を率いる高市氏に対し、中道改革連合を代表した野田佳彦氏や斉藤鉄夫氏にも注目が集まった。

高市氏は初の女性首相という斬新さを前面に出し、新しい政治を切り開く人物像を演出した。一方、過去に首相を務めた野田氏らは既成政治の延長線上に映りやすかった。政策論争を展開したが、有権者の期待と感情に働きかけるイメージの提示で後手に回った。

政治家の性別や見た目、声のトーン、人物イメージといった直感的な手がかりは選挙戦を左右する一大要素となった。公約や政策よりも、そうした手がかりが有権者の投票行動を導いていったと考えられる。

問題はこうした手がかりが政策の内容を正確に映し出してはいない点である。

候補者の外見や感情表現といった要素は多くの場合、投票行動に無意識のうちに影響を与える。このため選挙での評価はその後の有権者の関心や情報環境によって移ろいやすい。

さらに情報の見せ方次第で印象は大きく変化する。フェイク画像や加工・生成された映像をはじめ、第三者によって操作される余地も小さくない。

3月の通常国会での予算案審議も、政策内容そのものよりも審議日程の行方に注目が集まった。政治家らをやゆする短い動画や攻撃的なSNSのハッシュタグがネット上に拡散した。

政治家個人への感情移入が強まれば、競争相手に対する嫌悪感や敵対心も高まりやすい。そうなれば政治の感情的な分極化が進み、政党や政治家の間で政策形成に必要な協力が難しくなる可能性も出てくる。

こうした状況を踏まえると、2つの課題が浮かび上がる。まずは有権者が自らの判断過程にどの程度自覚的でいられるか。そして政党や候補者と有権者との関係をどうやって結び直すか。政治や民主主義の安定に関わる難題だ。

まずは生成AI(人工知能)も活用しつつ、有権者が政治家と気軽に対話し、政策情報にアクセスしやすい環境を整えることが重要になる。さらには選挙中の情報発信者の身元や収益性の有無について、公開義務を課すのも選択肢となる。誰がどのような意図で情報発信しているのかが明確に伝わるようにするためだ。

政策について誤解を招く情報や、過度に感情に訴える情報の拡散を抑制する仕組みの構築が求められる。直感の支配に歯止めをかけることは日本の民主主義を有効に機能させていく上で避けて通れない道である。

2026年4月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2026年5月12日掲載

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