急速な少子高齢化や経済のグローバル化の進展に伴い、日本経済は大きく変動し、いまや次第に衰退しつつある。加えて、約190%にも及ぶ公的債務(国内総生産=GDP比)は先進国最悪の水準であり、毎年1兆円程度のペースで膨張する社会保障予算は財政破綻リスクを高めている。足元の対策も必要だが、もはや残された時間は少なく、現行制度を微修正する「その場しのぎ」の対応ではこの危機を乗り切ることはできない。昨今の政治経済の混迷と閉塞状況は、この事実を明確に表している。
つまり「対症療法」はあきらめ、一刻も早く、日本経済再生のための思い切った改革に着手する必要がある。その決断と責任がいまの政治には求められている。必要な改革は、大きく2つある。まず1つは、崩壊する財政・社会保障の再生である。もう1つは、成長戦略の推進だ。本稿では、両者に資する政策として「外国人材活用策」の効果について簡単に紹介したい。
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まず、多様な外国人材が活躍する次のような「20XX年」の日本経済の姿を思い浮かべてほしい。
企業や大学・研究機関などでは、日本の大学への留学経験者を中心に、高度な知識や最先端の技術をもつ多くの熟練外国人材が活躍している。多くの企業の取締役の約半数は外国人である。多様な文化や発想がぶつかり合い、次々と新しいビジネスやサービス・製品が開発され、経済は活力に満ちている。
小中学校の英語教師は英語を母国語とする外国人で、次世代の子どもは幼いころから英語能力に磨きをかけており、大学進学時には海外に留学する者も多い。政府は、世界で活躍する一流の学者・技術者が日本の企業や大学で就業する際には、様々な優遇措置を設けて支援している。他方で、病院や介護施設、工場・スーパーでも、多くの外国人が働いている。
現在、ドイツ、フランス、英国、米国の総労働人口に占める外国人労働人口の割合は5%以上であるのに対して、日本は約1%にすぎない。20XX年には、熟練・未熟練の外国人材は日本経済の活力の一翼を担い、日本全体の総労働人口のうち、5%程度が外国人材という時代になる。
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さて、多くの人々は、外国人材の受け入れ拡充は経済的にネガティブな影響を及ぼすと考えがちである。それは、熟練人材の受け入れは自国経済に一定の利益をもたらすものの、未熟練人材の受け入れは自国労働者の賃金低下を招き、経済に不利益をもたらすリスクがあるという見方からだ。これは根強い「通説」だが、企業側の視点が抜けており、マクロでは異なる。というのは、一般に、熟練・未熟練にかかわらず、労働者の増加は賃金を低下させるが、その恩恵から企業側の利潤は増加する。このため、企業利潤の増加が、賃金減少を上回るならば経済全体では利益をもたらす。
このとき、政府によって適切な再分配が行われるならば、未熟練の外国人材の受け入れは日本経済に寄与する。ただし問題は、家族を呼び寄せるなどして滞在が長期化するケースである。この場合、教育や社会保障といった権利のうちどの範囲までを付与し、日本社会に組み込んでいくのかという「社会的統合」に関する議論が発生する。
しかし、社会的統合には、いくつかのメリットもある。例えば、公的年金の負担軽減や、税収・消費拡大への寄与である。少子高齢化で年金・医療などの支え手が減少していく中で、短期的に、若い外国人材の受け入れはその補完としての役割が期待できる。ただ、長期的には、受け入れた外国人材が労働市場から引退すると年金の受け取り手となるため、将来の財政・社会保障を圧迫するデメリットをもつ。
そこで、筆者は、秋田大学の島澤諭准教授との共同研究として(1)2015年以降、毎年15万人の外国人材を受け入れた場合と(2)毎年7.5万人の外国人材を受け入れた場合の各世代の効用をモデル分析で試算してみた。ここでいう「効用」は、各世代がその生涯賃金(税や保険料を差し引いた手取り賃金に年金を加えたもの)をベースに、生涯消費などから得る満足感を表す。試算結果が下の図表である。
これによると、外国人材の受け入れによる労働人口増加で税・保険料の負担が軽減される一方、国民総所得(GNI)を押し上げて消費が増えるため、1980年生まれ以降の世代の効用が改善していることが読み取れる。つまり、恒久的な外国人材の受け入れは、メリットがデメリットを上回り、長期的に日本経済にプラスの効果をもつのだ。
前述の再分配の問題は、具体的には、不利益を被った自国労働者に対して、必要な補償がなされるか否かということに帰結する。このような課題に対しては、既に海外においていくつかの対応策がとられている。第1は、未熟練の外国人材を活用する企業に対して、その活用で得た利潤増加分を超過しない範囲で一定の追加課税を行い、それを財源として、自国労働者に再分配する政策である。例えば、シンガポールでは、業種や熟練・未熟練の区分により金額が異なるが、外国人を雇う企業に一定の雇用税(Foreign Worker Levy)を課している。
第2は、未熟練の外国人材に一定の追加課税をするという政策である。そもそも、未熟練の外国人材が他国に職を求める動機には、母国よりも高い賃金を獲得できるという見込みがあるはずだ。そこで、未熟練の外国人材が得る利益(日本と母国の賃金差)を超過しない範囲で、未熟練の外国人材に一定の追加課税を行い、それを財源として、自国労働者に再分配するというものである。
以上は、外国人労働者と自国労働者が代替的で、外国人材の受け入れが自国労働者の賃金を低下させるケースだが、両者が補完的であるケースも考えられる。その場合、外国人材受け入れ拡充は、そもそも自国労働者の賃金低下を招かない。中村二郎・日本大学教授らの実証分析によると、一定の留意が必要であるものの、通説とは反対にむしろ、比較的競合すると考えられる低学歴の日本人労働者の賃金を引き上げる効果をもつ可能性を示唆している(『日本の外国人労働力』09年刊)。
外国人材の受け入れ拡充は、ほかにもいくつかのメリットが期待できる。
1つは、日本企業の「国内回帰」促進である。企業活動のグローバル化が進む中で、各国当局が自国法で海外企業を裁くケースが増えてきている。このため、日本企業が巨額の制裁金を科され、事業撤退を迫られるケースも発生している。海外移転の目的が労働コスト縮減であるなら、未熟練の外国人材の積極的な受け入れによって比較的安価な労働力を利用できる地域が国内に出現すれば、海外リスクの低減を求める日本企業の「国内回帰」促進に資するだろう。その場合、国内の設備投資の拡大も期待できよう。
企業の国内回帰に付随して、様々な需要も喚起される。まず、設備投資拡大に付随して、生産拠点に配置される外国人材の管理を担う部門などの雇用拡大も期待できる。また、外国人材の居住施設や、その家族の消費サービスなどの需要も発生し、その供給も必要となろう。
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いずれにせよ、少子高齢化の進展により、いまのところ、確実に日本経済は縮小均衡に向かいつつある。また、人口減少が引き続き、財政・社会保障や労働市場をはじめ、日本経済に様々なひずみをもたらしていくことは確実であるが、政治の対応は鈍い。
いま、日本全体が生き残りに精いっぱいで、長期的視点で日本の将来を考える余裕がなくなっている。このままでは、中長期的に日本経済は停滞する可能性が高い。財政・社会保障の再生と成長戦略が改革の王道であることは言うまでもなく、外国人材の活用はこの両者に資する可能性を秘めている。いまこそ、将来世代の利益も視野に、外国人材活用策のあり方も含め早急に議論を行い、思い切った改革を進める時期にある。
2010年9月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載