世界経済危機は深刻 財政金融政策より企業活力の活性化を

中島 厚志
理事長

欧州危機は簡単に解決しない

欧州の政府債務問題は、手当てがなされつつも厳しい状況が続いている。ギリシャの一層の財政再建努力、EU各国の強いギリシャ支援姿勢にくわえて、9月29日には、財政・金融不安にあるユーロ圏加盟国に資金支援する欧州金融安定基金(EFSF)の機能拡充案を最大の信用供与国ドイツが承認したことで、南欧諸国の財政破たんは回避されつつある。また、欧州系金融機関に対する欧州中央銀行(ECB)の無制限のユーロ供給と、日銀を含めた主要5カ国中央銀行の無制限のドル供給などで、欧州発の金融危機も抑え込まれつつある。

しかし、事態が本質的に改善したわけではない。ギリシャなどへの金融支援は、対象国の財政破たんを回避させるが、政府債務の膨張は続いてしまう。ギリシャなどの政府債務問題を根本的に解決するには、借り入れすぎた政府、貸し込みすぎた金融機関・投資家、そして財政赤字によって実力以上の成長を遂げてきた経済までもが調整されなければならない。それは、政府が債務残高の削減を図るとともに、金融機関・投資家が生じた巨額の損失を償却し、経済が低成長とデフレを続けて背伸びしすぎた分を調整することに他ならない。

しかも、ギリシャなどの抜本的構造調整はなかなか進まず、欧州債務問題の根本的解決には相当時間がかかると見なければならない。大胆な調整には政府債務の大幅切り捨ても避けられず、巨額の資金支援を行うユーロ圏他国や多額の債権を有する欧州系金融機関に大きな影響が及ぶからである。そして、各国間の利害対立が強まれば、ユーロ圏の屋台骨すら揺らぎかねない。

終わっていないリーマンショック

時間がかかる経済構造調整を余儀なくされている欧州債務問題の構図は、リーマンショックに陥ったアメリカ経済に近似する。財政赤字を膨らませて経済の不均衡を拡大させ、ギリシャなどの政府債務危機に至ったユーロ圏経済の動向は、返済能力が乏しい人々に過剰にサブプライムローンを貸し付け、経済と金融の不均衡を拡大させてリーマンショックへと突入していったアメリカ経済の動きと同じに見えるのである。しかも、危機が表面化してから構造調整に乗り出さざるを得ないところも同じである。

景気は鈍化していても、先行してリーマンショックの後処理が進んでいるだけアメリカ経済はましに見える。それでも、アメリカ経済の構造調整が終わるにはまだ数年かかることになろう。サブプライムローンなどによってもたらされた金融バブルは家計の債務を過大にしてしまった(図1)。さいわいにして、2008年以降家計の可処分所得に対する債務割合は減少傾向にある。それでも、債務比率が正常時のトレンドまで戻るにはまだ2年ほどかかると試算されるし、00年以降急上昇した家計の持ち家比率の調整でも同じようなことが言える。

図1:米国経済は調整途上 家計の過大債務解消にはあと数年
図1:米国経済は調整途上 家計の過大債務解消にはあと数年

家計債務の調整が終わるまでの間は、より多くの所得が債務返済に回り、消費が下押しされる。足元のアメリカの景気減速は、リーマンショック後の経済構造調整がまだ途中のところで、下支えしてきた財政金融政策が息切れしたものと見ることができる。そして、調整が終わらないうちは、アメリカ経済に力強さが戻ることは見込みにくい。

財政・金融政策の限界

リーマンショック後に回復してきた経済が調整時期を迎えているのは、欧米経済だけではない。中国経済も調整すべき局面にある。リーマンショック後も、中国経済は積極的なインフラ投資と国有企業中心の設備投資で高成長を続けている。しかし、中国経済の官民投資のGDPに占める割合は50%近くに達しており、戦後の高度成長期の日本や、1980年代後半から90年代にかけて高成長を遂げた韓国が35%程度までであったことと比べても、際立って高い水準となっている。すでに世界一の製造業付加価値を生み出すに至った中国が、さらに製造業に積極投資して生産と輸出を増やし、経済成長の原動力とするやり方は限界に達しつつある。

中国では、過剰労働力を抱える農村から労働力が豊富に製造業に供給される姿も急速に変化しつつある。すでに農業従事者の半分は新たに遠くまで出稼ぎに出ることがない40歳以上になっており、農村は人手不足に陥りつつある。労働力供給が細りつつある都市部では賃金上昇率も高まっており、高成長の持続はインフレの高まりを招くようにもなってきている。

中国は、1人当たりの国民所得がまだ日本の1975年当時程度であることにくわえて、教育水準の向上や活発なインフラ投資と設備投資で成長基盤が整ってきていることなどから、潜在的な成長力は今後ともある。しかし、インフラ投資と設備投資を原動力にして製造業が雇用を吸収しながら高成長を果たす成長モデルは、消費と内需中心に成長する形へと構造転換させることが急務となっている。

08年9月のリーマンショック後、主要国の大胆な財政金融政策と中国を中心とする新興国の高成長が世界経済の成長を下支えしてきた。しかし、拡張的な財政金融政策や通貨安競争などで経済と金融のバランスを崩しながら成長を支えてきた姿は、財政バブル、中央銀行バブル、新興国バブルとでも言えるもので、リーマンショック後、財政金融政策や新興国の高成長で経済成長を維持したいままでを「リーマンショック第一幕」とすれば、現在は主要国が本格的な経済構造調整を図る「リーマンショック第二幕」に入りつつあると言える。そして、第二幕は、世界経済が安定成長する段階に向けて経済不均衡を是正する段階と見ることができる。

もっとも、経済のバランスを取り戻すのには時間がかかる。しかも、不健全な経済不均衡の是正が、新たな成長を必然的にもたらすとは限らない。実は、このような行き詰まった状況を打開するヒントは、過去40年のアメリカ経済や第二次世界大戦後の世界経済にある。

戦後の歴史から学ぶ

為替相場が変動相場制に移行した71年以降のアメリカ経済を株価から見ると、大きくかつ比較的長期に株価が上昇した時期は5回ある。1回目は、80年代前半のレーガノミクスの時期で、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」が増えた時期でもある。2回目は、85年プラザ合意でドル高が是正され、日本、ドイツなどが世界経済の機関車役として金融緩和などの景気刺激策を実施した時期である。3回目は、87年のブラックマンデー後に世界的な金融緩和が多くの国に不動産バブルをもたらした時期である。4回目は、92年から始まったIT革命の時期で、ニューエコノミーと呼ばれた長期間にわたる良好な成長が実現した時期、そして5回目が、00年以降のサブプライムローン、証券化商品が膨らんだ金融バブルの時期である。

このうち、IT革命期を除く4回は不適切な財政金融政策が経済不均衡の拡大を通じて高成長をもたらしており、健全な経済成長とは言えない。しかし、IT革命期は、パソコンとインターネットの爆発的普及が新たなビジネスや生活スタイルを生んで長期の高成長の原動力となった時期であり、アメリカの財政収支が黒字化した時期でもある。

第二次世界大戦後の先進国の高度成長も、世界経済が高成長を長期にわたって実現した事例である。29年の大恐慌後、主要国は金本位制を停止して拡張的な財政金融政策で景気を支えた。しかし、世界的な不況を最終的に終息させ、戦争がもたらした財政破たん状態を解消したのは、戦後のインフレであり、新たに成立した成長促進的な制度や枠組みが主要国に高成長をもたらしたことであった。

求められる次なる産業革命

これらの事例から分かるのは、経済不均衡によらない成長モデルが、生活スタイルの変革を伴う大規模な産業革新や、新しい制度・枠組みの抜本的導入で実現していることである。そして、歴史的事実からは、いま主要国で行われつつある経済不均衡の是正は不可欠としても、不均衡拡大なく新たな高成長を得るためには、規制・経済枠組みを抜本的に変革する成長戦略や、生活スタイルの変化を招来する産業革命が必要とされていると言える。

ここで興味深いのは、最近10年間のOECD諸国の生産性上昇率と実質経済成長率の関係である(図2)。欧州債務問題の渦中にあるギリシャ、スペイン、イタリア、いずれの国もOECD諸国の平均的な生産性上昇率と実質経済成長率との関係を示すトレンド線を下回る生産性上昇率しか実現していない。

図2:生産性上昇率に比べて経済成長を押し上げていたギリシャ
図2:生産性上昇率に比べて経済成長を押し上げていたギリシャ

このことは、これらの国々の近年の経済成長が、民間部門の活力よりも、財政赤字拡大などに相対的に頼ってきたことを示しているが、同時に、今後経済成長を図るには、企業の活力向上が不可欠なことも示している。

リーマンショック第二幕を迎えている世界経済が示すのは、不均衡是正を着実に行わなければならないものの、その間世界経済の成長鈍化が続くという状況である。しかし、それだけでは政策対応として不十分で、あわせて成長ブレイクスルーをもたらす抜本的規制緩和など大胆な企業活力増進策を採ることも必要とされている。

とくに、図2から見えることは、企業活力を高める抜本的努力がやがて新たな成長モデルを生む可能性である。しかも、いま生活スタイル変革につながるような画期的技術は数多くある。また、環境意識の高まりや新エネルギーへの期待の増大など大きな変革を促す局面でもある。過去産業革命が50~60年ごとに起きていて、戦後の航空宇宙や情報通信などの発達による産業革命からしかるべき期間が経っていることも、遠からずIT革命をしのぐ産業革命が起きる可能性を高めている。

世界経済が早期にバランスが取れた形での新たな高成長期を迎えられるかは、さらに財政金融政策を発動することではなく、国を挙げての企業活力を最重視する成長戦略にかかっている。

『WEDGE』2011年11月号に掲載

2011年11月28日掲載

この著者の記事