物価上昇と財政悪化を克服する企業の投資増と賃上げ

中島 厚志
コンサルティングフェロー

高止まりが見込まれる消費者物価

コロナ禍は収まらず、ロシアのウクライナ軍事侵攻とロシアへの経済制裁もあって一部の財やエネルギー・資源などに供給制約があり、世界的に物価が上昇している。日本も例外ではないが、とりわけ上昇しているのが企業物価で、2022年1月以降続いている9%以上の企業物価上昇率は第二次石油ショック時の1980年以来の高い上昇率となっている。

程度の差はあるも、基本的に企業物価上昇の多くは消費者物価に転嫁されることになる。ロシア制裁が続けば、世界的なエネルギー・食糧等資源の供給減と物価上昇圧力が中期的に続くことになる。そうなれば、日本の消費者物価も今後とも高い上昇率が継続する可能性が高い。

もっとも、今回の物価上昇は、エネルギー価格や穀物、鉱物資源等の価格上昇であり、コストプッシュ要因による。一方で、日本の需給ギャップは主要他国と比べても大きな需要不足状態にあり(OECD "Economic Outlook")、物価を押し上げる力は乏しい。そのため、物価は高止まりするも、主要他国と比べれば相対的に低い上昇率で推移しよう。

物価上昇、賃上げと景気持続が処方箋

しかし、日本の課題は、人々の所得増が乏しいために購買力の伸びが相対的に低位な物価上昇にすら追い付けないことにある。実際、1人あたりの現金給与総額は過去10年では年平均で0.1%弱のわずかな伸びにとどまっており、相対的に低い物価上昇でも実質賃金は前年比マイナスが続いている(総務省「毎月勤労統計調査」)。

また、物価上昇は財政支出にも影響を及ぼす懸念がある。低成長の下で物価上昇が続いて国債金利が上昇すれば、それだけ国債費が増加することになって財政を圧迫し、財政の一層の硬直化を招きかねない。

ただし、物価上昇が財政収支に与える影響はマイナスばかりではない。物価上昇は、名目値である企業の売り上げや給与の上振れ要因となり、税収をかさ上げする。2000年度以降の名目GDPと税収の相関関係を踏まえると、2022年度の名目経済成長率が当初予算で想定された成長率を物価上昇で1%上回れば、消費税、法人税と所得税合算の税収は当初比で3兆円弱上振れするとも計算できる。このことは、物価上昇の下で少々の金利上昇があっても、安定した景気動向であれば財政収支は悪化しない可能性を示唆しているようにも見える。

こうみると、今後の物価について言えば、エネルギーや食糧・鉱物資源などの価格上昇が早期に収束することが望ましい。しかし、物価の高止まりが続くのであれば、物価上昇に打ち克つ人々の所得向上と良好な景気の持続が望ましく、その間金利が安定していれば、税収の上振れで財政収支が改善する可能性も十分あるということになる。

インフレの克服と、財政健全化に必要なこと

物価上昇に打ち克つ人々の所得増と財政収支の改善が実現するためには、何より企業が業績を伸ばし、賃金上昇の裏付けとなる生産性向上が実現することが不可欠となる。幸い、実質実効為替レートは50年ぶりの歴史的な円安となっており、日銀短観で見ても、輸出大企業などは売上高の大幅な上方修正が続いている。

残された課題は、日本企業がこの歴史的円安を十分に享受し、しかるべき賃上げを実現できるかとの点である。残念なことに、近年の日本は、グローバル化の波に乗っているように見えて、実は極端な空洞化が進んでいる。海外生産比率が高まり続ける一方で、少子高齢化が進展する国内での投資の伸びは鈍い。加えて、日本企業の国内投資の鈍さを補う対内直接投資がGDP比で世界最下位クラスしかない。その結果、2000年以降2021年までで見ると、鉱工業生産が▲8%、1人あたり資本装備率(雇用者当たり実質資本ストック)が▲7%(欧州委員会)と低下し、労働生産性の伸びも主要先進国の中では最小の0.3%となっている。

【OECD主要国:設備投資と労働生産性増減率】
【OECD主要国:設備投資と労働生産性増減率】
(注)2000年から2021年の年平均増減率、実質
(出所)OECD “Economic Outlook”

日本経済がコストプッシュインフレを克服し、人々の生活水準が維持向上するには、企業の収益増と生産性向上が欠かせない。物価上昇に対峙し、財政健全化も見据えるならば、今必要なことは、企業が国内で設備と人への投資を増やして付加価値の向上を図ることである。2022年度の大企業国内投資額が前年度実績比26.8%の大幅増になるとの心強い見通しも発表されている(日本政策投資銀行「設備投資計画調査」)。足元の円安が歴史的であるだけに、政府が制度面で企業の積極投資を促す環境を整備することを含めて、官民挙げての積極的な対応を期待したい。

2022年8月9日掲載