外国企業による日本への投資は対日直接投資と呼ばれる。その例として、米アップルによる横浜テクノロジーセンターの設立や台湾積体電路製造(TSMC)による熊本工場の設立、スイスのロシュによる中外製薬への出資が挙げられる。
対日直接投資の2023年末時点の累計額(残高)は51兆円で、00年末の6兆円から8倍以上になった。政府は「経済財政運営と改革の基本方針2023」で対日直接投資残高を30年に100兆円とする目標を掲げていたが、120兆円へ上方修正した。
投資は着実に拡大しているが、国内総生産(GDP)を考慮して諸外国と比較すると、なお世界最低水準にとどまる。23年末時点の対日直接投資のGDP比は8.5%だが、国連貿易開発会議(UNCTAD)によれば、この比率はデータの取れる198カ国・地域中192位である(図参照)。
もちろん経済規模が大きい国は、この比率が小さくなる傾向にある。それでも米国は46.1%、中国は19.9%である。韓国も16.8%と日本の倍近い。この比率が大きければ良いというわけではないが、日本は先進国の中で最下位である。日本は外国企業にとって極めて閉鎖的な国、あるいは非常に魅力のない国となっており、海外の活力を十分に取り込めていないことを示唆している。
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では、なぜ対日直接投資はこれほど少ないのか。この疑問に答えるのは意外に難しい。日本が選ばれない理由を明らかにするには、日本に進出していない企業の行動を精査する必要がある。つまり日本に進出している企業の分析だけではこの疑問に答えることができず、世界各国の直接投資を網羅した分析が必要になってくる。このような難しさもあり、これまでの学術的な研究では決定的な要因を明らかにできていない。
それでも研究の蓄積から仮説を導き出すことはできる。本稿では近年の研究をもとに、4つの仮説を提示したい。1つ目は日本市場が非常に競争的なために、外国企業の参入・存続が難しいというものである。
筆者はオランダのアムステルダム自由大学のサビーン・ドベラール准教授らとともに、日本・フランス・オランダの製造業企業のマークアップ率(利益・原価比率)の比較研究を行い、日本企業のマークアップ率が他国企業よりも低い傾向にあることを確認した。限られた国の比較ではあるものの日本市場が競争的で利益を生み出しにくいことを示唆しており、それが対日直接投資の難しさにつながっている可能性がある。
2つ目は人口動態、すなわち少子高齢化が影響しているというものである。日銀の平形尚久氏と早稲田大学の片桐満准教授は長期的な直接投資のパターンが少子高齢化で説明できるとする研究を発表している。
対外直接投資については生産年齢人口の減少で、日本企業が輸出から直接投資へと世界への供給方法を変えるメカニズムが働く。同様に外国企業も労働力不足が原因となって日本に投資しにくい環境が生まれる。
総務省によれば総人口に対する65歳以上の人口は、00年の17.4%から24年には過去最高の29.3%へと増加した。同期間、対外直接投資残高から対日直接投資残高を差し引いたネットの直接投資残高は26兆円から299兆円へ拡大している。このような現状を踏まえると、日本の直接投資のパターンは少子高齢化を反映している可能性がある。
さらに彼らの研究では、対日直接投資のための固定費用が対外直接投資の固定費用と比べ非常に大きいことが明らかにされている。この結果は日本市場に参入するコストの高さが、対日直接投資の障壁となっていることを示唆している。
この対日直接投資の障壁に関連して3つ目に考えられる仮説は、言語の違いが影響しているというものである。カナダのトロント大学のワリド・ヘジャジ教授らの研究によれば、英語を公用語にする国はより多くの直接投資を引き付ける傾向にある。一方、日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査によれば英語によるコミュニケーションは日本の投資環境の弱みとされる。
語学学校を世界展開する「EFエデュケーション・ファースト」(スイス)の発表する英語能力テスト結果で、日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国中の下から2番目である。韓国語は日本語と同様に英語との類似性が低いにもかかわらず、韓国の結果は日本よりも17%も高い。英語によるコミュニケーションの難しさが、日本への投資を難しくしている可能性がある。
4つ目の仮説は、巨額の公的債務が影響しているというものである。国際通貨基金(IMF)のサルバトーレ・デレブラ氏らの研究では、GDPに対する公的債務の大きさが直接投資に負の影響を持つことが明らかにされている。
公的債務が大きくなれば将来の増税や債務不履行が危惧されるため、企業が投資を敬遠する可能性がある。IMFによれば日本の公的債務のGDP比は23年時点で240%、データの利用可能な192カ国中2位である。このような巨額の公的債務も対日直接投資をためらわせる要因となっているのかもしれない。
これらの仮説が他の様々な要因を考慮した上でも成立するかについては、さらなる研究を待つ必要がある。しかしこれまでの研究と日本の現状を踏まえると、あながち荒唐無稽とも言えず、検証に十分値する。
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対日直接投資を拡大していくためには政府の役割も大きい。ここ数年、対日直接投資が着実に拡大していることを踏まえると、各種手続きの迅速化や在留資格の見直しといった近年の政府の取り組みは、一定の成果を上げていると考えられる。短期的には取り組みを継続し、投資環境を改善していくことが重要だろう。
そして投資環境の改善は対日直接投資だけでなく、日本企業の国内投資にも寄与する可能性がある。ただし、日本の投資環境が過去と比べて改善していたとしても、諸外国の投資環境も同じように、あるいはそれ以上に改善していることにも留意する必要がある。
また、先の仮説が成り立っているとすれば、少子高齢化・英語能力・公的債務の大きさのいずれも、中長期的に解決していかなければならない課題と言える。政策担当者には、中長期的な視野で課題解決に取り組んでもらいたい。
さらに近年、経済安全保障も重要な政策的課題になっている。高市早苗政権は対日直接投資における審査の高度化を打ち出しているが、政府の掲げた120兆円という目標を達成するためにも、透明性の高い迅速な審査を期待したい。
経済安全保障に関連して、直接投資は低税率国などを通じ、迂回して行われることにも注意が必要である。迂回投資に対応するためには直接の投資国だけでなく、実質的支配者を捕捉するような統計整備が有効だろう。やれることはまだまだありそうだ。
2025年12月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載