オフショアリングの地域労働市場への影響

清田 耕造
リサーチアソシエイト

中島 賢太郎
ファカルティフェロー

滝澤 美帆
学習院大学

企業活動のグローバル化の中でも物議を醸すのは、企業の製造機能やビジネス機能の海外移転、すなわちオフショアリングだろう。特殊要素モデルと呼ばれる単純なRicardo-Vinerモデルに基づけば、オフショアリングを通じた国際的な生産要素の移動はオフショアリングをする国とされる国の両方の経済厚生を高めることになる。しかし、より一般的なモデルでは、オフショアリングを行う国の経済厚生が低下する可能性も示唆されている(Acemoglu, Gancia, and Zilibotti, 2015; Egger, Kreickemeier, and Wrona, 2015)。

現実に目を移すと、多くの人々は企業のオフショアリングに抵抗を示す傾向にある。Mansfield and Mutz (2013)らの研究によれば、米国でオフショアリングを支持するのは調査回答者の2%以下にすぎなかった(Mansfield and Mutz, 2013, Figure 1)。これはオフショアリングの負の影響を懸念しているためだろう。例えば、企業がオフショアリングによって海外に生産を移転すると、その企業に勤める労働者が職を失う可能性がある。しかも、そうした負の影響はその企業にとどまらない(Frieden, 2019)。負の影響は近隣の取引先企業やそれら労働者にも波及し、地域の所得や資産価値の低下を招き、結果として若者の地域離れや社会サービスの低下を引き起こし得る(Rickard, 2021)。それにもかかわらず、Kovak, Oldenski, and Sly (2021)によれば、オフショアリングが国内の労働市場に及ぼす影響の大きさはもとより、その符号についても、学術的に一致した見解が得られているわけではない。さらに、オフショアリングによる地域労働市場への影響に関する研究は、非常に限られている。

こうした背景を踏まえ、Kiyota, Nakajima, and Takizawa (2022)は、日本の製造業におけるオフショアリングが地域労働市場に与える影響を調査している。図1は、1995年から2016年までの日本の製造業雇用と総生産に占める海外生産の割合の変化を示したものである(注1)。この図から、分析期間中に製造業の雇用が1,030万人から760万人に減少する一方で、海外生産の比率が22.8%から40.9%に増加していることが分かる。このことは、輸入競争だけでなく、オフショアリングが製造業雇用の減少につながる可能性を示唆している。

図1. 1995年~2016年の製造業雇用者数と海外生産比率の推移
図1. 1995年~2016年の製造業雇用者数と海外生産比率の推移
注:海外生産比率は、日本の製造業企業の売上高(国内と海外)の合計に対する海外売上高の比率と定義される。
出所:製造業雇用者数は『工業統計』(経済産業省)、海外生産比率は『海外事業活動基本調査』(経済産業省)による。

また、オフショアリングの影響は地域によって異なる可能性があることにも注意が必要である。図2は、1995年から2016年までの製造業雇用の変化を、都市雇用圏別に示したものである(注2)。緑色は大きなプラス変化、ピンク色は大きなマイナス変化を示している。この図より、製造業の雇用減少のペースが地域によって異なることが分かる。ある雇用圏では大幅な減少が見られるが、他の雇用圏では増加が見られる。輸入競争による地域労働市場への影響が地域によって異なるように、オフショアリングの影響も地域によって異なる可能性がある。

図2. 1995年~2016年の都市雇用圏別製造業雇用の変化
図2. 1995年~2016年の都市雇用圏別製造業雇用の変化
注:可視化を容易にするため、一部の雇用圏を省略している。
出所:製造業雇用者数は経済産業省の『工業統計』、都市雇用圏は金本・徳岡(2002)より得た。

オフショアリングの地域労働市場への影響を検証するために、われわれは海外子会社・国内親会社・国内工場を接続したデータを新たに作成し、オフショアリングによる地域労働市場への影響を推定した。このデータセットにより、地域レベルの雇用とオフショアリングの両方を正確に測定することができる。なお、製造業の海外子会社には、製造活動(生産)を行う子会社と非製造活動(販売、融資など)を行う子会社がある。国内と海外の生産活動の関係を明らかにするためには、海外子会社の生産活動のみに注目する必要がある。そこで、日本の製造業が保有する海外関係会社の生産活動のみに注目し、本研究ではこれをオフショアリングと呼ぶことにする。つまり、海外子会社の非製造活動の影響を除外した上で分析を行う。

分析の期間は1995年から2016年である。地域労働市場は都市雇用圏で定義する。特に公共交通機関の発達した都市部では、労働市場が市区町村を越えて広がることがあり、市区町村などの行政区域よりも都市雇用圏の方がより現実に即していると考えられるためである。

図3は、1995年から2016年までのオフショアリングの変化を、都市雇用圏別に示したものである。緑色は大きな正の変化を、ピンク色は小さな正の変化を示している。この図は、オフショアリングが地域間で異なっていることを示している。

図3. 1995年から2016年までの都市雇用圏別オフショアリングの変化
図3. 1995年から2016年までの都市雇用圏別オフショアリングの変化
注:可視化を容易にするため、一部の都市雇用圏を省略している。オフショアリングは海外子会社の雇用の変化でとらえている。詳細はKiyota, Nakajima, and Takizawa (2022)を参照。
出所:オフショアリングは『海外事業活動基本調査』(経済産業省)、製造業雇用は『工業』(経済産業省)、都市雇用圏は金本・徳岡(2002)より作成。

海外子会社・国内親会社・国内工場接続データを基に、製造業の地域別雇用の変化をオフショアリングの変化で回帰するという回帰分析を行った。オフショアリングの内生性については、シフトシェアの操作変数法を用いて対処した。また、日本では、分析期間中に中国からの輸入が急速に高まっていることに注意する必要がある。Autor, Dorn, and Hanson (2013)が示したように、中国からの輸入の拡大は国内の製造業雇用に大きな負の影響を与える可能性がある。このため、本研究では、Autor, Dorn, and Hanson (2013)と同様の方法で中国からの輸入を回帰式に導入することでこの問題に対処した。

分析の結果、中国からの輸入が製造業の地域雇用に負の影響を与える一方で、オフショアリングがそうした負の影響を緩和していることが分かった。具体的には、海外製造業の雇用が10%増加すると、地域雇用は1%増加することが分かった。また、オフショアリングの進展は、同じ地域労働市場におけるオフショアリングをしない企業の雇用に有意な正の影響を与えることが分かった。さらに、オフショアリングの結果、国内工場の生産が拡大するというメカニズムも見いだした。

これらの結果は、重要な政策的含意を持つ。企業のオフショアリングを支援する政策は、国内雇用に負の影響を与える可能性があるため、時として物議を醸すことがある。しかし、われわれの結果は、製造業のオフショアリングが、輸入との競争による製造業の地域雇用の減少を緩和することを示している。従って、オフショアリングがもたらす地域雇用への負の影響についての懸念については本研究からは支持されなかったといえよう。

編集部注:本稿の基となった主な研究(Kiyota et al 2021)は、経済産業研究所のディスカッション・ペーパーとして最初に公表された。
https://www.rieti.go.jp/en/publications/summary/22030001.html

本稿は、2022年5月31日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2022年6月1日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 海外生産比率は、日本の製造業企業の売上高(国内と海外)の合計に対する海外売上高の割合と定義されている。この定義は、経済産業省の「海外事業活動基本調査」の定義に準じている。
  2. ^ 都市雇用圏は米国のMetropolitan Statistical Areaの日本版であり、都市経済学の研究で広く用いられている。
参考文献
  • 金本良嗣・徳岡一幸(2002)「日本の都市圏設定基準」, 『応用地域学研究』, No.7, 1-15.
  • Acemoglu, Daron, Gino Gancia, and Fabrizio Zilibotti (2015) "Offshoring and Directed Technical Change," American Economic Journal: Macroeconomics, 7: 84-122.
  • Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson (2013) "The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States," American Economic Review, 103: 2121-2168.
  • Egger, Hartmut, Udo Kreickemeier, and Jens Wrona (2015) "Offshoring Domestic Jobs," Journal of International Economics, 97: 112-125.
  • Frieden, Jeffry (2019) "The Political Economy of the Globalization Backlash: Sources and Implications," in Luìs Catão, Christine Lagarde, and Maurice Obstfeld (eds.) Meeting Globalization's Challenges: Policies to Make Trade Work for All, Princeton, NJ: Princeton University Press, 181-196.
  • Kiyota, Kozo, Kentaro Nakajima, and Miho Takizawa (2022) "Local Labor Market Effects of Chinese Imports and Offshoring: Evidence from Matched-Foreign Affiliate-Domestic Parent-Domestic Plant Data in Japan," RIETI Discussion Paper, 22-E-013, Research Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI), March 2022.
  • Kovak, Brian K., Lindsay Oldenski, and Nicholas Sly (2021) "The Labor Market Effects of Offshoring by U.S. Multinational Firms," Review of Economics and Statistics, 103(2): 381-396.
  • Mansfield, Edward D. and Diana C. Mutz (2013) "US Versus Them: Mass Attitudes toward Offshore Outsourcing," World Politics, 65: 571-608.
  • Rickard, Stephanie J. (2021) "Incumbents Beware: The Impact of Offshoring on Elections," British Journal of Political Science, 52: 1-23.

2022年6月15日掲載

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