エネルギー基本計画の論点 市場の機能生かす政策を

伊藤 公一朗
研究員

エネルギー基本計画の骨子は大きく分けて2点ある。1点目は将来の「エネルギーミックス(電源構成)」について、政府が数値目標を決定することである。今回の第5次計画案では、2030年に火力約6割、原子力約2割、再生可能エネルギー約2割などとする方針が維持された。

骨子の2点目は様々な政策目標のための「政策手段」を政府が決定することである。例えば、二酸化炭素(CO2)排出量の削減を達成する方法として、再生エネ、原子力、省エネなどが挙げられ、各手段における削減量の目標値も記載される見通しだ。

経済学ではこうした政策設計方法を「社会計画者による最適化」と呼ぶ。政府が社会の設計者として可能な限りの情報を収集し、最適な道筋を立てるという考え方だ。もう1つの方法は「市場メカニズムを活用した最適化」である。この方法は、全てを市場に任せよという市場原理主義とは異なる。政府は市場を活用しつつも、環境問題や独占問題などの「市場の失敗」に関しては政策介入で解決を図る。

本稿では、日米のエネルギー政策を研究する経済学者の立場として「社会計画者による最適化」と「市場メカニズムを活用した最適化」の考え方を整理しつつ、どのような制度設計が日本の政策に有効なのか議論してみたい。

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まずはエネルギー基本計画の重要論点であるエネルギーミックスについて考えてみよう。「社会計画者による最適化」で政府に求められるのは、将来にわたる各エネルギー源のコスト情報を集め、電源の安全性や環境負荷を加味し、国民負担が最小化される構成を決めることである。

この方法の難点は、エネルギー情勢の変化は急速かつ不確実であるため、どんな賢人をそろえても未来の正確な予測は困難なことだ。例えば、米国では08年前後に起きたシェールガス革命によって天然ガスが予測を超えた安価を記録している。世界の石油・石炭価格は過去10年の間に予想外の乱高下を見せた。こうした技術革新や世界情勢の不確実性を鑑みると、数十年先の最適な電源構成を見極めることは難しく、むしろ現在の情報でエネルギー政策の将来の立ち位置を固定することは柔軟性を阻む要因になる。

こういった難しさから、米国のエネルギー政策は「市場メカニズムを活用した最適化」へシフトしてきた。例えば、多くの州の電力供給は競争的な入札で行われる。入札額が低い発電所から優先的に売電できる仕組みのため、低コストのエネルギーが選ばれ、より安価な電力が消費者に届くことになる。市場機能の活用で社会計画者のコスト予測に頼らない仕組みを設計しているのだ。

シェールガス革命以降、米国では石炭火力から天然ガス火カヘの転換が起こっている。さらに、原子力は採算の面から「他の発電事業に比べてもうからない」という状況になり、新規建設はほぼ皆無の状況だ。この2点のエネルギー転換は決して政府の予測や号令によって起こったわけではなく、技術革新に市場が対応した結果なのである。

次に、エネルギー基本計画のもう1つの重要論点である「パリ協定のCO2削減目標をいかに達成するか」という課題を考えてみよう。

CO2を削減する方法は、太陽光・風力などの再生エネの導入、石炭や石油から天然ガスヘの転換、または省エネの促進など多岐にわたる。最新の経済学研究で明らかになってきた知見を鑑みると、エネルギー転換の具体的な手段を社会計画者が恣意的に決めることは多くの問題を招く。これは経済学の理論研究、そしてデータ分析を駆使した実証研究でも各国で明らかになっている点てある。

その難しさの根本的な理由は、01年のノーベル経済学賞でも注目された「情報の非対称性」という問題の存在だ。現在と将来の技術革新や費用の精緻な情報は企業側にあり、政府側にはない。このように情報が「非対称」な状況で政府は企業を規制しなければならないという難しい立場に立たされる。

では情報の非対称性を是正する政策はあるのか。ここでは「社会計画者による最適化」と「市場メカニズムを活用した最適化」の複合的政策である排出量取引を紹介する。

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まず社会計画者が社会全体の排出量を決定する。日本で言えば「パリ協定で約束したCO2削減量」である。次にCO2排出主体に一定の「排出枠」が与えられ、取引が認められる。排出量取引の利点は、社会計画者が企業の排出抑制技術について完全情報を持たない場合でも、国民負担を最小化する政策結果へたどり着けることだ。

単純な例として、企業Aと企業Bだけが存在する世界で、社会全体で100単位のCO2排出量削減を目指すことを考える(図参照)。限界削減費用とは「あと1単位のCO2を削減するために必要な追加費用」である。

図:排出量取引市場が社会全体でのCO2削減費用を最小化する
図:排出量取引市場が社会全体でのCO2削減費用を最小化する

この例では企業Aに比べて企業Bがより安価にCO2を削減できる技術を持つ。当初政府が両社に50単位ずつの削減を求めた場合でも、企業Bは追加的に20単位を削減し、企業Aに20単位分の排出枠を売るインセンティブ(誘因)ができる。企業Aも自ら50単位を削減するよりも、30単位だけ削減し、不足した20単位は企業Bから排出枠を購入するほうが安価で済む。結果的に社会全体での費用が最小化されるのである。

排出量取引の利点は、図で示した限界削減費用曲線がどのような形状であっても社会全体での削減費用が最小化されることだ。つまり削減費用という「企業側の情報」を政府が知り得ない場合でも、競争を通じて国民負担が最小化される。さらに、再生エネ導入・省エネといった「削減手段」も政府が恣意的に決める必要はなく、削減量の競争によって社会的費用を最小化する方法が決まるのだ。

CO2削減に関して排出量取引を導入する動きは世界で加速している。早くから導入した欧州連合(EU)に加え、米国でもカリフォルニア州で取引市場が動き出し、中国も国家戦略として排出量取引の導入を決めた。

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本稿で示した事例から見られるように、世界的なエネルギー政策の流れは、社会計画者の視点を大事にしつつも、市場メカニズムを活用した政策設計をいかにして組み込んでいくかである。実は、日本でも具体的な施策レベルでは先駆的な取り組みが始まっている。例えば、経済産業省は再生エネの固定価格買い取り制度の改正で入札制度を開始し、環境省は一部の省エネ補助金に関して入札に応じた補助金の分配をした。電力市場を活性化させる電力のシステム改革も進行中だ。

もちろん、市場メカニズムは万能の道具ではない。しかし、こういった考え方が一部の施策レベルを超えた、より大枠の政策設計においても浸透すれば、日本のエネルギー政策の選択肢は大きく広がるのではないだろうか。

2018年5月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年5月25日掲載