市場統合は再生可能エネルギーの拡大に寄与するのか?

伊藤 公一朗
客員研究員

再生可能エネルギーを効果的かつ経済的に拡大することは、気候変動に対応する上で最も重要な課題の一つである。電力部門は運輸部門と並び、世界的な温室効果ガス排出の最大のシェアを占めている。また、近い将来、電気自動車の普及により運輸部門の大部分の電化が予想されている。そのため、発電の脱炭素化は気候変動に対応する上で不可欠であるといえる。

多くの国が直面している課題

しかし、既存のネットワークインフラ(送電網)がもともと再生可能エネルギーを想定して構築されていないため、多くの国において再生可能エネルギーの拡大が課題となっている。火力発電所に代表される従来型の発電所は、大都市などの需要地に比較的近い場所に設置することができたため、需要と供給をつなぐ送電網は最小限で済んでいた。しかし、太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、多くの場合、需要地から遠く離れた場所での発電に適している。

再生可能エネルギーが集中している地域と需要地の市場が統合されていないことにより、2つの問題が生じる。第1に、再生可能エネルギーの供給が地域の需要を上回った場合、電力系統の運用者はシステムダウンを避けるために再生可能エネルギーの発電を抑制せざるを得ないが、それは再生可能エネルギーで生産される限界費用ゼロの電力を廃棄するということを意味する。実際のところ、このような抑制が多くの電力市場で発生している。第2に、再生可能エネルギーの限界費用はゼロに近いため、再生可能エネルギーが集中する地域の市場価格は低くなりがちで、需要地に輸送できない場合、価格がマイナスになることもある。こうした問題は、再生可能エネルギー発電所の新規参入や投資を妨げる要因となる。実際、多くの国は、こうした問題が最優先の政策課題であることを認識し始めている。例えば、米国のバイデン政権は、送電線や再生可能エネルギーへの投資を、現在、提出されている1兆7500億ドル規模のインフラ法案の中核に捉えている。

経済理論とチリのデータによるエビデンス

私は共著者であるチリ・ポンティフィカル・カトリック大学のLuis E. Gonzales、ノースウェスタン大学のMar Reguantとともに、市場統合が再生可能エネルギーの拡大と卸売電力市場における配分効率に与える影響について、理論・実証分析を行い、前述の問題について研究を行った(Gonzales, Ito, and Reguant, 2022)。まず、市場統合の静的な影響と動的な影響を特徴づける理論モデルを構築した。静的シナリオでは、市場統合が生産者の参入決定に影響を与えないと仮定する。この場合、市場統合の価値は、貿易による利益に関する従来の定義に基づいて要約することができる。市場統合により、低コストの発電所が高コストの発電所にかわって生産、輸送を行うため、配分効率が向上するということである。

しかし、このような従来型のアプローチでは、市場統合の動的な影響の潜在性は考慮されていない。生産者が市場統合の到来を予測できる場合、生産者は統合後の市場において利益を得られるよう、新しい生産設備に投資するインセンティブを得る。この投資効果により、生産の供給曲線が変化し、静的なケースとは異なる均衡が生じる。我々のモデルでは、この市場統合の動的な影響は大きい可能性があり、この影響を無視すると市場統合の影響を過小評価してしまう恐れがあることを示した。

本論文の後半では、近年チリの電力市場で起こった2つの大きな変化を用いて、こうした理論予測を実証的に分析した。2017年までチリの2大電力市場であったSING(Sistema Interconectado Norte Grande) とSIC(Sistema Interconectado Central)は連携線がなく、完全に別個の市場であった。近年では、再生可能エネルギーが集中する地域(アタカマ砂漠付近)が、需要の中心地域(首都サンティアゴ付近)から北に離れているため、再生可能エネルギー拡大の障害になっている、と認識されている。この問題の解決のため、チリ政府は2017年11月にこの2つの市場の間に連携線を建設し、2019年6月には追加の延長送電線を完成させた(図1参照)。

図1 チリの電力市場における市場統合
図1 チリの電力市場における市場統合

こうした市場の拡大は、市場統合の影響を研究する我々にとって理論的予測を実証的に分析する環境を提供するだけでなく、チリの電力市場は、データの包括性という意味においても独自の利点を得られる。時間単位の限界費用、時間単位のノードレベルの需要、時間単位のノードレベルの市場清算価格、時間単位の発電量や、設備、技術、建設年、投資などのプラントの特性など、市場取引に関連するほぼすべてのデータを収集することができるのである。

市場統合による再生可能エネルギーの拡大とコスト削減

まず、市場統合が電力の卸売価格、生産量、コストに及ぼす静的な影響について、視覚的・統計的なエビデンスを示したい。第1に、チリにおける市場統合により、地域間の価格が収斂したことを示す。市場統合以前は、SINGとSICの市場清算価格は大幅に異なることが多かった。また、SICの中でも、アタカマ砂漠地域は、太陽光電気の生産量が地域の需要を上回り、他地域への送電設備が限られていたため孤立したローカル市場になってしまうこともあった。市場統合により、再生可能エネルギー集約地域では価格が上昇し、需要地では価格が低下し、こうした空間的な価格のばらつきが大幅に減少したことを示した(図2参照)。

図2 市場統合が電力料金の空間的変動に与える影響
図2 市場統合が電力料金の空間的変動に与える影響
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第2に、市場統合が電力生産とコストに及ぼす静的な影響を調査した。市場統合により、再生可能エネルギーなど低コストの発電所の生産量が増加し、高コストの発電所の生産量を代替したことは、前述の貿易による利益の理論的予測と一致する。また、市場統合の結果、発電コストが低下したこともわかった。

第3に、再生可能エネルギーの生産設備への新規参入に市場統合がどのような影響を与えたかを検証した。その結果、市場統合が発表された2015年、つまり送電線建設が完了する2017年の2年前から、再生可能エネルギー設備が急激に増加したことがわかった。また、再生可能エネルギーが集中する地域のノード価格は、再生エネルギーの生産設備が急増している間はゼロに近く、市場統合後に初めて、再生可能エネルギーで利益を得られる水準にまで上昇した。このエビデンスは、再生可能エネルギー関連の投資家が、市場統合の予測に基づいて投資決定を行ったことを示している。さらに、我々の理論が示唆しているように、新規発電設備への投資に及ぼす潜在的な影響を無視した静的な分析は、市場統合の影響を過小評価してしまう可能性が示された。

市場統合の潜在的な動的な影響を調べるために、我々は発電所参入の構造モデルを構築した。モデルでは、投資家は投資による長期的な利益の期待値に基づき、新しい発電所への投資を検討する。投資の正味現在価値は、その後の利益に左右される。将来の期待利益の重要な要素は、地元から他地域への送電容量に関する制約である。チリ市場の魅力は、単純な地理的条件により、ネットワークモデルが扱いやすく、反実仮想実験を実施できることである。我々は、送電容量拡大に関する複数の反実仮想的な政策シミュレーションを実施し、各政策が再生可能エネルギーへの設備投資、ノード価格、利益、消費者余剰に与える影響を検証した。

反実仮想シミュレーションにより、複数の知見が得られた。第1に、静的シナリオの結果、チリにおける太陽光発電の市場統合は、市場統合が行われないことを想定した、反実仮想シナリオに比べて17%増加するという結果が示された。これは、市場統合が行われない場合、電力系統の運用者は送電量の制約があるため、太陽光発電から得られる余剰な電力を抑制せざるを得なかったことが理由である。第2に、市場統合が行われなければ、市場価格は低く、かなりの量の太陽光発電投資は採算がとれないので、この数値でも、太陽光発電投資への影響を過小評価しているといえる。チリ政府の公共インフラプロジェクトで適用されている割引率と投資期間を考慮し、正味現在価値でプラスになる太陽光発電設備投資の最大レベルを想定し、市場均衡のシミュレーションを行った。我々の動的シナリオの結果、市場統合による太陽光発電量の45%増加に相当する影響であり、この動的な影響を無視した場合の17%の増加とは対照的な結果であった。

我々の研究結果は、市場統合の静的、動的な影響のどちらも、送電投資に関する評価において重要な要素であることを示している。ここでは、静的な影響として、12時(太陽光発電の多い時間帯)で10.1%、全時間帯で4.9%、メガワット時あたりの発電コストをそれぞれ削減することがわかった。また、太陽光発電への投資に対する動的な効果を考慮にいれると12時で13.6%、全時間帯で6.3%、発電コストが削減した。また、シミュレーションの結果、地域間の価格の収斂には、静的な影響と動的な影響の双方が重要な役割を果たしていることがわかった(表1参照)。

表1 反実のシミュレーション結果
表1 反実のシミュレーション結果

今回の分析結果は、多くの国のエネルギー政策に重要な示唆を与えるものである。例えば、米国のバイデン政権は、送電線と再生可能エネルギーへの投資を、現在提出されている1兆7500億ドルのインフラ法案の重要な部分と位置づけている。我々の理論モデルとチリでの実証結果は、米国の電力市場における新しい送電インフラの設計に関連して、複数の重要な示唆を提供すると言える。

本コラムの原文(英語:2022年2月15日掲載)を読む

参考文献
  • Gonzales, Luis, Koichiro Ito, and Mar Reguant. 2022. "The Value of Infrastructure and Market Integration: Evidence from Renewable Expansion in Chile." Working Paper.

2022年2月21日掲載